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研究紹介

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平山明由特任助教

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─現在の研究テーマについて教えて下さい。

 ここの研究所ではメタボローム解析をメインに取り組んでいますが、私は分析化学が専門なので、主に代謝物などを測定する 際に用いるCE-MSという機器などの技術開発を行っています。CE-MSは極性の物質の測定に適しているのですが、測定の高感度化や、CE-MSでは測 定が難しい物質に対して新たな分析法の開発を進めています。また他にもCE-MSをアプリケーションとして利用できないかと考えており、主に癌や腎臓病、 糖尿病などといった病気を対象とした、医療への応用に向けて取り組んでいます。

─メタボロームの医療への応用の現状について教えて下さい。

 まず、私たちは癌の予防に取り組んでいます。現在の所、メタボロミクスから一番アプローチしやすい疾患は癌の代謝だと思 います。さらに、CE-MSは実は癌との相性が一番いいのです。癌は膨大なエネルギーを産生しながら増殖していきますが、その過程で必要な物質のほとんど はCE-MSのターゲットになります。また、癌は短い間に増殖しますよね。従って、代謝そのものも劇的に変化していると考えられますので、この点も癌を対 象とする利点だと思います。癌になって新しい物質が作られるということは、セントラルドグマの観点からいって確率的に低いと考えられます。遺伝子に変異が 入り、それが違う酵素を作り出すような変異でないと、理論的には新規物質は癌になってもできないですよね。私たちが今見ているものは、癌になって変異が入 り、この代謝酵素が不活化してターゲットの代謝物が減ったとか増えたなどといった指標のみです。

 ただ、これには例外もあって、例えば糖尿病になるとAGEという物質が生じる場合があります。どのように生じるかという と、血中のグルコース濃度が上昇すると、酵素の反応を介さずに糖とタンパク質が結合する場合があります。そのような物質は糖尿病で血糖値が高い人に出てき やすくなる物質であり、また糖尿病の患者特異的な代謝物であるということが分かるため、メタボロームを利用して見つけ出せる可能性はあると思います。ま た、腎臓病などの慢性疾患は10年以上の長い時間をかけて変化していくので、その微妙な差をCE-MSを含めた今の分析技術で正確に追えるかというと難し いと思います。マウスを使ったサンプルの調製にも後者の疾患は時間を要します。

 そこで、現在私たちが取り組んでいるのがコホート研究です。通常私たちが大学病院などからいただくサンプルは、既に病気 になってしまった患者さんのサンプルですので、いつ頃から病気になりかけたか、発症してからどのくらい病状が進んでいるのかといった情報はあるのですが、 病気のなり始めについてはよく分からないのが現状です。しかしながら、一昨年から行っているコホート研究では同じ患者さんに対して25年間ずっと健康調査 を行うので、まさにこの問題点を解決できるのです。例えば今60歳の方が10年後に運悪く癌を発症した場合、その患者さんの10年前、もしくはそれ以前の データまで遡って見ることができますよね。そういったサンプルを解析していくことで、短期間で解析しにくい慢性疾患のメカニズムを追究できたらと思いま す。

 またコホートの研究ではN数を増やすことで性別、年齢、食生活などといったノイズを解消しています。そこで、鶴岡コホー ト研究では具体的には3年間で1万人の協力者を募ります。その後も採血・採尿を継続する予定で、25年後までは何を食べた、ということや、どういった食生 活かといった栄養調査と健康調査を行う予定です。コホート研究の一つの目的として、山形県で特有の病気などがどのように生じているのかを知りたいというこ とがあります。荘内病院の先生方にお聞きしたのですが、ここ山形や東北全般では胃癌の方が多いそうです。やはり寒いので塩分の多い食事を摂取しているた め、それが癌の引き金となると言われているようですが、何に起因しているのかが今回の疫学調査でより見えてくると思っています。

 問診票を見たのですが、最後まで記入の気力が続くか分からないほどの分量の質問がありました。肉やお酒やの摂取頻度や喫 煙についてなど、疫学で問われるようなフルセットの情報と検体が揃っているというのが重要なのです。つまりサンプリングした検体にどれだけの付加情報があ るかが非常に重要となってきます。質問票も多いですが、これによって癌や糖尿病との因果関係を拾ってくることが出来ればよいなと思っています。また、栄養 とメタボロームの関係が今後明らかになっていくのではないかと期待しております。

─メタボロームを始められるきっかけは何だったのでしょうか。

 IABに来てから本格的にメタボロームを始めたのですが、元々大学では分析化学を学んでおり、中でも電気化学を専門とし ていました。研究内容はとても細かいことをやっていまして、学部四年生の一年間それに取り組んだのですが、教授に言われたことをやっているだけで自分が何 をやっているのかが分からなくなってきて「まずいな」と感じました。その後、地元の北海道大学の大学院に進学し、二年間キャピラリー電気泳動というテーマ を扱っていました。研究室にオーバードクターの先輩がたくさんいたことと、英語が得意ではなかったことから博士課程への進学を断念し、一度名古屋にある ジェネリック医薬品の会社の研究開発の部門に就職しました。半年ほど働いていると会社にも慣れて、会社の中も少しずつ見えてきました。新薬の開発には10 年くらいかかると言われているのですが、ジェネリック医薬品は、既存の薬を安価で作るのが目的なので、一年で開発のスパンが終わるのです。だから最初の半 年で製剤を作り、評価して、その後既に売られている薬と同じ効能だということを証明できたら、膨大な書類を作成して厚労省に出して、また次の年新しい薬を 開発するという繰り返しです。私の入社時はまだジェネリックはあまり認知されておらず、それほど薬の種類も多くありませんでした。しかしながら特許が切れ た薬はたくさんあり、作りたい薬はたくさんあるが、その開発が追いついていない状態でした。一人で二つないしは三つの薬剤を評価するという仕事をやってい て、それが要は次々控えているのです。この一年の繰り返しが毎年続くのだなと思い、会社とは大変だと感じていました。

 そのような日々の中、ある日学生時代に入会していた日本分析化学会の学会誌がたまたま自宅に届いており目に飛び込んでき ました。家を出るときに鞄に入れ、帰りの電車の中で読んでいると、ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ株式会社 (HMT) の研究開発に関する求人広告が掲載されており、その条件の欄に『CE-MS, LC-MSが出来る人』と記載されていたのです。私はちょうど大学時代にキャピラリー電気泳動をやっていたこともあり、面白いなと思いHMTに入社しまし た。それがメタボロームをやり始めたきっかけです。だからメタボロームという言葉を最初は知らなかったのです。単純に私がCEをやっていて、曽我さんはそ のCE-MSをメタボロームの分野に応用するという話だった、ということです。だから元々メタボロームをやりたくて入ったわけではなくて、CE-MSがや れるということで入ってきたら、それがたまたまメタボロームへの応用であったということです。

─お休みの日はどう過ごされていますか。

 2004年の3月に鶴岡に来ました。休みの日は家族と買い物に行ったり温泉に行ったりします。海は年に一回ぐらいです が、子供が大きくなったので最近はスキーによく行っており、家族では毎週行こうと話しています。市町村のイベントがあると寒鱈祭りとか、鮭の掴み取りな ど、子供たちが自然と触れ合えるようにさせています。

─日々の生活で大切にしていることは何でしょうか。

 子供たちをお風呂に入れることですね。生活リズムが家族みんなバラバラで、上の子は朝7時に学校に行き、下の息子は9時 くらいに幼稚園に行くため、平日は家族がそろう時間はないので、夜は帰って必ず子供と一緒にお風呂に入っています。今日一日あったことなど、子供たちが しゃべることを聞いて、また職場に戻っています。職場と家が近いからこそできることですので、東京で電車通勤だとなかなかできないことですよね。それがこ この良いところです。

─日頃研究をする上で気を付けていることやポリシーはありますか。

 ポリシーとは言いませんが、分析は一種のサービス業だと思っています。癌とか腎臓病とかの検体について詳しいのは実は私 ではなく、お医者さんであったり病院の先生であったり、そういった方々の方がよっぽど詳しいのですよね。しかしながら、網羅性や信頼性、定量性などが高い データを出すということに関しては、私たちが貢献できる部分だと思うのです。こういう物質が測れたらいい、という声や、もう少したくさんの代謝物が測れた らいいのに、という要望を聞いた時にそのような情報を提供できるようにするというのが私たちの一つの使命だと思っています。

─平山さんが将来成し遂げたいことは何でしょうか。

 究極はヒトの代謝物を一回でもいいから全部測ってみたいですね。だいたい3000~4000物質と言われているのです が、何種類あるかもよくは分かっていません。もちろん、全部測りきった、と言い切ることは難しいのですが、これらを世界中のいろいろなメタボローム研究を やっているグループと競争しながら、ギネスのように網羅性のレコードに挑戦してみたいですね。

 また、高感度化の技術開発につながるのですが、一細胞でメタボローム測定が出来るようにしたいと考えています。つまり測 定の網羅性を上げたいという目標と、測定の個体の数を減らしたいという目標があります。培養細胞だと1×106個なので100万個の細胞の平均値を出して いるのですが、将来的には現在の100万倍の高感度を出して一細胞で測定したいです。実際一細胞でやっているグループもありますが、ロイシンとイソロイシ ンなどの異性体をごっちゃにして測っているので、究極的にはそれらの物質をきちんと分離して測れるようになれば、もう少し世界が変わるのかなと思っていま す。癌は多様性があると言われていますが、それも現在では100万個の平均値でしか測定できていないので、今後一細胞ずつの違いが見えればと思っていま す。

 そして、やはりこの研究所を世界で最もメタボロームを活発にやっている研究所にしたいです。鶴岡の慶應と一緒に研究した ら、何でも測れる!といったような真の最先端のメタボローム研究の拠点にしたいと思っています。それをサポートし、世界最先端の研究所になれるようにして いけたら、と思っております。

─どうもありがとうございました。

(2014年1月20日 インタビューア:池田香織 編集:上瀧萌 写真:三浦あずさ)

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