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荒川和晴特任准教授

荒川和晴特任准教授
荒川和晴特任准教授

─現在のどのような研究テーマに取り組んでいますか。

 非常にさまざまな研究テーマに取り組んでいるので一つにしぼるのは難しいのですが、最終的なゴールとしては「生命とは何か?」ということを明らかにしたいと考えています。大きなテーマとしては、クマムシの極限環境耐性やクモ糸の高機能発現メカニズムについて扱っていますが、他にもミドリムシやアリ、さまざまな微生物など多様な面白い生物を対象にしています。また、これらの解析を実現する上で不可欠なバイオインフォマティクスソフトウェアの開発なども一貫しておこなってきています。

─ではクマムシについて具体的にどのような研究をされているのですか?

 クマムシというのは顕微鏡を使わないと見えないくらいすごく小さな、でもどこにでもいる生き物です。普段はコケの中などで生活していますが、周囲の環境が乾燥すると、細胞内の水分にいたるまで完全に脱水することができます。私たち人間をはじめとするほぼ全ての生き物の細胞は、大体70%くらいが水で構成されていますが、これを完全に無くしてカラカラになることができるのです。普通の生物はその干からびたミイラのような状態になってしまったら二度と生き返ることはできませんが、クマムシは水をかけると比較的速やかに生き返ることができます。乾燥した状態のクマムシ、これを「乾眠」と言いますが、乾眠状態では細胞内に溶媒である水がないため、化学反応が起こり得えず、"モノ"の状態になっています。これが水をかけるとまた「生き物」に戻ることができるという非常に面白い生物です。結局ですね、「生命とは何か?」ということをちゃんと理解しようと思うと、生き物と生き物じゃないものの違いに注目しなくちゃいけないんです。しかし例えば、「人間とイス」を比較しても何が生き物なのかってことは多分あんまりわからないわけですよね。だから直接的に、生き物が生き物じゃなくなってる状態と比較するのが科学的には良いアプローチで、それをやるためには普通は生き物を殺さなきゃいけません。でも殺しちゃうとそれは不可逆な死に向かう一方向の変化なので、できれば可逆的に生命活動を停止している状態から生命活動が立ち上がる状態を含めた双方向の比較が出来るとベターです。そこで、クマムシの通常状態と乾眠状態を用いれば、構成している分子の要素が同じであるのに、その動態の違いが生命活動を生み出しているありさまを観察できます。このように、クマムシというのは「生命とは何か?」を理解するのに非常に適している生き物だと私は考えています。そのクマムシを、手段を問わず、ありとあらゆることをやりながら研究しています。今はいい時代で、生物の網羅的な情報を非常に簡単に、しかも安く手に入れられる時代になっています。すなわち、細胞の中のゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームといった情報を一斉に測定できます。そういった大量のデータが手に入るのですが、その解釈はもはや人間の手で扱える範疇を超えているので、コンピュータを使って理解していく、ということをやっています。

「生命とは何か?」という問いに答えを出したい。

─「生命とは何か?」という問いに至るまでのルーツはなんですか

 分子生物学というアプローチが20世紀の初頭から中頃ぐらいに出来上がって、そこから生物学が非常に体系化され進歩してきた歴史があります。分子生物学は何か中心的な考え方、例えばそれがセントラルドグマに結びつくのですが、生物全てに共通しているルールがあるということを前提にして、モデル生物を使っていろんな生き物を理解していくというアプローチなんですよね。それはそれで成功したのですが、根本的に生き物というものを単純化しすぎている面があります。私が思うに、生物というのは「例外をつくる存在」なんですよね。進化というのは何のためにあるかというと、予測もしなかったような環境の変動やそれらに伴う自然淘汰が起こった時に、「例外」によって生き残れるような個体を残すような仕組みなんですよ。なので、セントラルドグマで言っているような、非常に根本的な生物の部品であっても、そこに例外を作れるような仕組みを持っていないと生き残れないかもしれない。そして実際にセントラルドグマを逸脱するような例が見つかってきたのが、ここ20~30年のできごとですよね。だからモデル生物を研究して生物を理解しようという考え方自体が、生物の本質を見る上ではそもそも間違っています。もちろん生物学の発展という意味では多大な成功をしたことは間違いありませんが、「生命とは何か」がわかったかと言えば、未だそれは良くわかっていません。

 生物は例外をつくる存在ですから、ある現象を見たい時に、いかにそれがありえないように思えたとしても、きっとそういう生物はいるはずです。僕はもともと「生命とは何か」を調べようと思った時に、死んでないんだけど生きていない状態の生き物がいたらこの研究は進むな、と考えていて、生物はそういう例外を生み出せるはずなので、絶対にそんな生き物がいるはずだと思っていました。そんなある日、テレビを見ていたら「トリビアの泉」でクマムシのことをやっていました。「これだ!」と思って、全然それまでクマムシのこともよくわからなかったし、当時コンピュータ上の解析を主にやっていて実験はほとんどやっていなかったのですが、これはやるしかない、と思い、飼うところから始めました。実際には当時は少数の飼育がようやくできるようになったくらいの頃で、ゲノムは当然まだ読まれておらず、分子生物学も使えず、と、やりはじめてからあまりの未開拓さに面食らいましたが。

 しかし、「生」と「死」という生物の二元論が、第三の生命状態とも言うべき、生きても死んでもいない「乾眠」という状態によって一気に価値観が開かれるわけです。堀川さんをはじめとする我々クマムシコミュニティの努力の成果もあると思うのですが、今、クマムシはすごく世間に広まっています。生物に興味がある人には比較的クマムシの乾眠は知られてきていますが、当時は相当にマイナーな生物でしたので、初めてクマムシを知った時は本当に衝撃でした。

─チャレンジングなところに行くのは勇気がいりませんか?

 これは世の中のオピニオンリーダー達がみな言っていることですが、むしろ変化しないことのほうが怖いです。何か今あることにしがみついて、そのままでいようと思うことのほうが、今みたいに変化が大きい時代ではであっという間に飲み込まれてしまうと思います。だから何か新しいことにチャレンジし続けないとむしろ怖いですね。

─研究をやっていく上で一貫して持っている哲学やポリシーはなんですか? 

 僕は根本的に「生き物」を知りたいと思っていますし、生き物をそういう意味では作ってみたいなと思っています。だからこういう研究をして誰かの役に立ちたいとか、世の中を良くしたいとかはあまり思っておらず、純粋に自分の知りたいことを研究しています。ただ、もちろん根本としては自分の知りたいことを調べているのですが、その過程で世の中の人の役に立つこともあるので、そういう時はなるべく役に立てようとしています。

 中学生の頃、好きで宗教典や哲学書を読みあさっていました。長い間人類は、なぜ生きるのか、この世界はどうやってできたのか、生命とは何か、といった根源的な問いに対し哲学や宗教に答えを求めてきましたので、哲学や宗教のある意味完成されたビジョンに存在する世界観や考え方を学んだら、いろいろなことが自分なりに理解できるのではないかな、と思っていました。確かに読んでいて面白かったですし、例えば非常に異なる歴史や背景を持つ宗教でも共通している部分は多く、学ぶべきことはたくさんありましたが、それらにあまり満足ができませんでした。それは今考えると、数学的な言葉による記述に欠けていたからかな、と思っています。生物の定義なんかは例えば非常に曖昧で文学的な言葉で表すことこそが本質をついている部分があるのだろうと思いますし、例外の集合みたいな存在なので、詩とか絵画とか、そういうものが生命を理解する上ではひょっとしたら向いている可能性はあると思っています。でも、僕はそこに数学的な定義を持ちこみたいと思っています。そういうことを考えると、仕組みをしっかり理解して、ダイナミクスという観点から何かアプローチできないのかな、と。あとは物を作れるようになるためには絵画とか詩とかではダメで、数学的に理解して制御できないと作ることはできないので、工学的に考えてもそういう発想になるのかなと思います。

 また、生命を理解をするという大きな問いを前にして、手段を選ぶようではダメだと思うんですよね。結局、生物がつくる例外を理解することが目的の学問なので、解析する側も例外を用意できなかったら負けなんですよ。何か一つの方法に固執したら、その段階で生命には負けてるんですよ。だからどんな方法でもその時に適切だと思うものは使えるようにしておきたいと思っています。でもその中で現在主軸になっているものがあるとすれば、それがオミクス的なアプローチです。モデル生物だと情報がすでに蓄積されていて、それをベースにさまざまなことができるのですが、そもそもゲノムはもちろん何を食べているかすらもわからない状況で始めたクマムシ研究などにおいては、ターゲッティングしないでとにかくすべてのデータを取るオミクスのアプローチが極めて有効です。オミクス解析では大量のデータが得られるため、人間がそれを直接解釈するのは不可能なので、コンピューターで解析をするというのが基本です。私たちのグループでは、そういう非モデル生物を扱うデータドリブンな実験や研究を強みとしています。このアプローチはどんな生物にも適用できるので、クモだったりアリだったり、面白いと思った生き物は次々にトライしています。今後データドリブンではない学問というものは20年くらいでほぼ無くなっていくと思います。社会学ですら最近はデータドリブンだし、文学とかもそういう方向にある程度向かうかもしれませんよね。

─プライベートや鶴岡での生活について教えて下さい。

 鶴岡は非常に研究に没頭できる環境ですね。私の場合、家族が横浜にいて、私自身もSFCで授業を持っているので、ほぼ週に一回往復しています。それもあって家族と過ごす時間は残念ながら少ないのですが、その分一緒に過ごす時間を大事にしています。一方、鶴岡にいる間は研究に没頭できるので、久しぶりに学生の時のように夜まで研究できるというのも楽しんでます。

 また、料理が好きなので、休日も料理をしたりします。音楽で耳コピってやるじゃないですか。あれと同じ感じで「舌コピ」をよくやるんですよ。仕事柄結構いろんなところに出張しますし、出張するとせっかくだからその土地の美味しいものを食べようと思ったりして、研究者仲間と一緒に夕食などにでかけますよね。そういうところで食べたご飯とかで「あ、これ超美味しい」って思うことってよくあるじゃないですか。それを帰ってきてからもう一回食べたいな、と思うと、簡単にはまた行くわけにもいかないので、家で作るんですよ。舌の記憶を頼りにこういう素材を使ってこういう調理をすると味が再現できるだろうな、と思ってやると、大体8割くらいで再現できます。スイスに昔住んでいたので、イタリアやフランス、オーストリアやドイツなど、比較的慣れている土地の料理だと、あくまで当社比ですが(笑)もっと再現ができている気がします。

─では再構成していくということを楽しんでいるのですね。

 楽しいですよね。使っていたのは多分こういう食材だろうな、と想像しながら買い物しているのも楽しいです。例えば目的の料理がその土地にしかない野菜を使っていると、違ったものを代わりに使わないといけないですよね。その時の野菜売り場を見てまわって、目的の味に近くなるような食材を見つけたりとか、そういうのを考えながら買い物して帰ってきて調理して、しかも食べて美味しいものを作っているので、食べるのも幸せじゃないですか。それを家族と一緒に楽しめますし。普段から考え方が研究者なのでそういうのが好きなんだろうなと思いますね。

生命のダイナミクスから生命の全体像を理解したい。

─研究人生での転機となる出来事やキーパーソンとなった人はいらっしゃいますか?

 高校生の時、当時私はアメリカにいたのですが、今となっては知識レベルとしては恥ずかしいレベルですけれど、数学とプログラミングが得意でした。数学は飛び級して大学に通っていましたし、プログラミングもゲームを作って友達などに売っていたりしていました。その上でさきほども言ったように生き物に興味があったので、得意なコンピュータを使って、数学的に生物を理解できたらいいな、と漠然と思っていました。究極的にはそれはコンピュータ上に生き物を作ることだと思っていて、夢物語だけれどそんなことができたらいいなーと思ったいたら、親が「コンピュータ上に細胞を作った」という記事を教えてくれました。そこに書かれていたのが、冨田さんとE-Cellでした。僕が今考えていることがもうすでにこの世の中にできているということが衝撃的で、ならばその場所に行って勉強するしかないと思ってSFCにきました。入ってみると当時のE-Cellは本当に細胞を作ったというよりは限定的なものでしたが、逆にだからこそ自分がやれる余地があるな、と考え、結果冨田研に入って以来20年弱ここにいます。最初はゲノム情報を使ってゲノムからその生物を再現できるようなシミュレーションをする、という仕事を博士号を取るまでやっていました。

 ゲノム情報からのシミュレーションは、ある程度代謝を再現するといったところまではうまくいきましたが、それ以上のことをやろうとすると既存の知識だけでコンピューター上に生命を作ろうとするアプローチには限界がありました。結局生き物を作ると言っても、生き物自体が何かわかってないので、何ができた時に生き物を作れたと言えるのか、がわからないんですよ。そうすると、まずは生物ができたことの判定基準を作ることが一番重要なことになるので、生きている状態とは何か、ということがわからなければいけません。そこで、生き物でありながら生き物でなくなれる生き物が必要で、クマムシの研究につながっています。

 たぶん僕のやりたかったことは中学生の頃から一貫していて、ずっと世の中とか生命とかを知りたかった。アプローチが変わってきているだけで、やりたいこととやっていることは一致しているんじゃないのかなと、思います。

─今後の展望はなんですか?

 クモの話を全然してなかったので、最後にクモの話をさせてください。ここ2年くらいは、Spiber株式会社と一緒にクモ糸の研究に力を入れてやっています。Spiberは非常に高機能な素材である人工のクモ糸の量産に成功したベンチャー企業で、今大変注目を集めていますが、これは単に新しい糸を生産することに成功したというよりは、タンパク質由来の再生可能なプラスチックをれるようになった、と言えるくらい画期的なことです。今世の中は石油製品に溢れていて、ナイロンやポリエステルなどでできている洋服や、ありとあらゆる道具にプラスチックが使われているわけですが、そういったものをクモ糸に置き換えることで持続可能なかつ高機能な素材を作っていくことができるようになる可能性を秘めています。

 最近だと、生物学者はある生き物を理解しようとすると、みんなまずその生物のゲノムを読もうとします。ヒトのゲノムが2003年に解読されたということはみなさん記憶にあたらしいことだと思いますが、実はこれ、「解読」というのはおこがましい話で、実際にやっていることは写経に近いんですよね。ゲノム解析自体はATGCの4文字を書き写しているだけで、そこに何が書かれているかということは、まだほとんど解読できていないと思います。もちろん、どういう遺伝子があるか、についてはかなり良くわかるようになってきました。しかし、解読できる、ということは中身を正確に理解できているはずなので、1文字1文字が変わった場合にどのような変化をもたらすか、についてもわかってほしいところですが、現状ではその粒度の理解はまだまだ困難です。じゃあそれで人を本当に理解できてるかというと、もちろん飛躍的に理解は進んだと思いますが、まだ「解読」と言うには至ってないと思います。

 本当の意味でゲノムを解読できるようになるためには、ゲノムの塩基配列の1文字1文字が何を意味しているか、ということを理解する必要があります。そのためにはジェノタイプ(遺伝型)をフェノタイプ(表現型)に定量的につなげて記述できるようになる必要があり、そのためにはクモ糸の遺伝子は徹底的にそれを調べる上でいいターゲットだと思っています。クモの糸を構成するタンパク質は、構造タンパク質というカテゴリに属しますが、これらは物理的な構造をつくる「モノ」なので、触媒効果を持つ酵素などに比べるとジェノタイプとフェのタイプの間の関係性が比較シンプルだからです。そこで、クモ糸の物性と、1,000種類くらいのクモ糸遺伝子の配列を取得し、塩基配列とそこから作られるクモ糸の物性の定量的な結びつきを解明しよういうプロジェクトをやっています。

 こういった足がかりをちゃんとつなげてくことによって、生命の設計図と言われているゲノムの1文字1文字が最終的に生命にどう繋がるというのか、というボトムアップな知識が手に入ります。一方、クマムシからはトップダウンに生きている状況と生きていない状況というダイナミクスの境界線がわかります。この2つをちゃんと組み合わせていくことで、いずれ生命の全体像がわかるかなと思っています。

─ありがとうございました。

(2016年2月12日 インタビューア:今井淳之介 写真:板谷英駿)

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