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斎藤輪太郎特任教授

斎藤輪太郎特任教授
斎藤輪太郎特任教授

現在はどのような研究テーマに取り組んでいますか?

現在は人を健康にするための研究、いわばヘルスサイエンス研究に取り組んでいます。具体的には、鶴岡市民1万人の方々の協力のもと、生活習慣病の予防法確立に向けた「鶴岡メタボロームコホート研究」というプロジェクトを進めています。このプロジェクトでは、ご協力いただける市民の方から尿や血液サンプルをいただいて、サンプル中に含まれる低分子代謝産物を網羅的に測定するメタボローム解析を行います。また、それと同時に人間ドック健診や職域検診の結果から得られる食事や運動、喫煙の有無などの健康状態に関する情報も集めて、メタボロームデータとの関係性を調べています。2012年に開始されてから最初の数年間は初期段階でして、鶴岡市民の方々のサンプルにどのような代謝物質プロファイルがあって、どういう健康状態が維持されているのかを大まかに評価しました。その後、同様の追跡調査を25年間続けていくことで、健康状態と代謝物質の関係性を明らかにしていくというわけです。

これによって何が可能になるのかというと、生活習慣病の予防法を確立させることができます。例えばプロジェクトにご協力していただいた方の中で、20年後に糖尿病を患ってしまった方々がいたとします。その人たちを対象に、20年前はどのようなメタボロームのプロファイルだったのか、を振り返ってみます。すると、糖尿病予備群のサンプルのみで確認できるメタボロームのプロファイリング結果が得られます。そうなれば、過去の情報をベースとして、今から20年後の方々の健康状態を予測することが可能になります。このように、どのような代謝物質がどれだけあるかという情報をもとに疾患等の健康リスクを評価して、例えば「あなたは○○病になるリスクが高いので、食生活に気をつけましょう」というような予防の促進や治療の早期開始に繋げることで、新しい生活習慣病の予防システムを社会レベルで実装することを目指しています。
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─ 具体的にはどのような研究をされているのでしょうか?

このコホート研究はとても大きなプロジェクトなので、もちろん僕一人や先端生命科学研究所だけで行っているものではなく、塾内では医学部やSFC、塾外では、鶴岡地区医師会、市立荘内病院、鶴岡市、庄内保健所をはじめとした様々なコラボレーターと共同で行っています。僕が主に担当しているのは、収集したメタボローム情報のデータベース構築です。具体的には、市民の方々のメタボロームデータをどのように効率よく格納するか、誰が、いつ、どこで、どのような条件で実験を行ったか、などの、細かい情報の格納などを手がけています。メタボローム解析は測定条件によって変動が大きいことがあるのですが、鶴岡コホートではサンプルを測定する際の前処理を極めて迅速に行うことで、高い品質を保っています。こうして得られた品質の高いデータがあるのならば、細かい実験条件等の情報も全て含めることで、さらに信頼性の評価もできるようなシステムも作りたいと思い、データの収集およびデータベースの構築を進めているところです。

加えて、やや専門的な話になるのですが、現在未知ピークの解析というものにも取り掛かっています。メタボロームのデータ、特に当研究所が得意とするCE-MS(キャピラリー電気泳動-質量分析法)のデータは、代謝物質を測定する際の移動時間(Migration Time)をX軸に、質量電荷比(m/z)をY軸に、そして信号強度をZ軸に指定することで3次元的なデータが出力されるようになっています。したがって、代謝物を解析する探査平面として、特定の移動時間と質量電荷比で囲った範囲内に存在するZ軸方向へのピークを見るのですが、このように移動時間と質量電荷比の組み合わせで特定の代謝物質と照合できる平面部分は、驚くべきことに全体の1%以下なんです。裏を返せば、その他のメタボロームデータは全て切り捨ててしまっているというのが現状です。勿体無いと思うかもしれませんが、現段階では残りの99%の部分が果たして生体内の代謝物質の情報を含んでいるのか、もし含んでいるとしたら何の代謝物質なのか、を解釈することが難しいというのが実情です。またそれらを検証することは途方もない作業になってしまうため、止むを得ず切り捨てているというわけです。そこで僕は現状ゴミと見なされている99%のメタボロームデータに注目し、意義のあるデータを得ようと研究に取り組んでいます。

─未知ピークの解析というのはどのように行うのでしょうか。

現状まだ模索中なのですが、大規模なコホート研究を進めていくうちに突破口が見えてくるだろうと考えています。例えば100人について共通の未知ピークが見られるような場合、それは何か意味を持つ可能性がありますよね。それらのピークが統計的に有意であったときに、そのピークはどういう性質を持っているか、ということを調べようとしています。具体的には、特定ピークがあると〇〇病になりやすいというように、ピーク自体は未知でも特定の生活習慣病の予測に用いるようなことができると思うんですよね。言い換えると、未知ピークとして検出できた代謝物質から疾患の予測につながるバイオマーカーの探索をしています。現在は未知ピークを統計的に処理するためのシステムを開発している最中です。
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─このようなプロジェクトに取り組まれた経緯を教えてください。

2011年から2017年の間、アメリカのカルフォルニア大学サンディエゴ校にてプロジェクト研究員として働いていました。ちょうどこの時に僕のボスにあたる先生から、一緒に腎臓の研究をしないかと打診され、今思えばこれが大きな転機だったと感じています。それまで僕は、ゲノムやトランスクリプトーム、プロテオームなど単一のオミクスに焦点を当てた、どちらかというと基礎研究に近い仕事に取り組んでいました。ところが、腎臓を研究対象にすると聞いたとき、細胞さらには組織の集合体である臓器について普段は考えたこともなかったので、どんな研究をすればいいのか見当もつきませんでした。ただ、腎臓がどれほど重要な臓器なのかはもちろん知っていました。腎臓は血液から毒素などの余分な成分をフィルタリングして尿として排泄しますが、この機能が狂ってしまうと、血液の中に毒素が蓄積されて命に関わる事態となります。また日本に限って言えば、1300万人以上(東京都の人口が約900万人)が慢性腎臓病(CDK)の患者というデータもあり、当時はこうした現状に驚かされました。僕はそれまでインフォマティクスに関する研究をやっていたので、逆にとても新鮮で面白そうだったので腎臓の世界に入りました。研究を進める中で、実際に患者さんの年齢や性別、体重、身長等のいろいろな情報と血液中の糖分濃度などを解析していくうちに、データ同士の関連性が見えるようになっていき、次第に研究の面白さが増していくようになりました。ここで言う面白さというのは、医学研究のゴールが明確であることに起因しています。人の健康を維持したり治療したり、あるいは健康リスクを評価したりと医学研究は直接人の役に立つので、基礎研究も面白いのですが、やはり直接人の役に立つことが実感できる研究もいいなと思うようになりました。腎臓関係の研究がまとまってきた頃合いに、たまたま鶴岡で1万人規模のコホート研究が実施されるという話を耳にしたので、これまで僕のやってきたことが多少なりとも役に立つのではないか、あるいは僕が持っている技術を持って人々を幸せにすることができるの
ではないかと考え、現在の研究に至りました。
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渡米される以前は鶴岡で研究をされていたと伺っています。なぜ戻ってこられたのでしょうか。

アメリカに住んでいる間、現地の料理よりも日本の方が美味しいとずっと感じていました。日本の料理の中でも特に鶴岡の料理はとても美味しくて、自分がまだ独身で若い頃はラボの学生とも年齢が近かったので、一緒に市内の居酒屋へ足を運んでいました。そこで美味しい料理と美味しい日本酒を飲むというような習慣が体に染み付いていたせいか、アメリカに滞在している間、数ヶ月に一回は鶴岡の居酒屋が夢の中に現れるんです。これ、嘘じゃなくて、本当に夢に出てくるんですよ(笑)。なので鶴岡に戻ってくることができて本当に嬉しいですね。鶴岡には家族と一緒に帰ってきたのですが、羽黒山の五重の塔や最上川の川下りなど、懐かしいところをたくさん周りました。顔なじみの方もいたので、「お帰りなさい」と歓迎してくれたのも僕としては嬉しかったですね。

─余暇はどのように過ごされているのでしょうか。

家族全員でアメリカから鶴岡に帰ってきたこともあって、休日は家族でドライブを楽しんで温泉に行くというのが定番です。僕自身、鶴岡の温泉とは若い頃から付き合いがあるので、人一倍思い入れがあります。特に好きな温泉は、ゆぽか、ぽっぽの湯、でんでん、龍の湯とか、もう挙げればきりがないんですが...毎週どこかしらの温泉に行ってますね。リフレッシュのために少なくとも週に一回は行くようにしていて、平日ですら行くこともあります。平日に行くときは、子供と二人で行くことが多いのですが、子供も一緒に喜んでくれるので親子共通の趣味ができてよかったです。言葉で表現するのが難しいのですが、それくらい僕は温泉が大好きです。特に真冬の時期、雪が積もっている時に鶴岡の温泉に行けば、空を見上げると澄んだ空気に無数のきらめく光があって、正面にはあたり一面銀世界が広がっていて、身体を包み込むのは僅かに硫黄が香る温泉と湯けむりなんです。これはもう最高ですね。

─ありがとうございました。

20191217日 インタビューア:山本楠,編集/写真:武田知己)

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