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ショウジョウバエ概日振動ネットワークモデルの比較解析

体内時計は精巧な転写フィードバック制御で安定したリズムを刻む

Ogawa, Y., Arakawa, K., Kaizu, K., Miyoshi, F., Nakayama, Y. and Tomita, M. Comparative study of circadian oscillatory network models of Drosophila. Artif Life. 14(1) 29-48.



地球上の数多くの生物にそなわる概日時計(体内時計ともよばれる)は、睡眠や摂食などの基本的な生命活動を効率よく行うために重要な役割を担っている。体内時計がきざむリズムは生物種によって異なるものの、1日約24時間(よって概日)を周期とする規則性はどの生物にも共通にみられ、一定範囲の温度条件下では周期が変わらないという温度補償性や、光の刺激により時計をリセットすることで環境に同調する機能をかねそなえている。

 概日時計機構の解明に向けて、植物学や生態学、分子・細胞生物学など、これまでにさまざまな方面から研究が行われてきた。そして近年、特にショウジョウバエをもちいた分子遺伝学的実験により、6種類の転写制御因子群、すなわち時計遺伝子が、互いに発現を制御しあうことで安定した概日リズムを生みだしていることが明らかにされてきた (図1)。小川氏らは、このようにシンプルな構造ながらも非常に安定な振動をきざみつづけるショウジョウバエの概日時計機構に注目し、概日リズムという不思議な生命現象の理解に向けて、システム生物学的な手法を取り入れた研究を行ってきた。

 ショウジョウバエの概日時計を題材にした、複数の数理モデルがこれまでに提案されている。これらのモデルは、構成要素数やリン酸化の表現などの違いはあるものの、いずれも約24時間周期の非常に安定した振動を再現することができている。小川氏らはこれら複数のモデルの比較解析によって概日時計機構に共通する本質的な要素が抽出できると考え、研究を進めた。

 まず、同一のシミュレーション環境下で各モデルを比較するため、統一規格であるシステムバイオロジーモデリング言語SBMLを用いて各モデルを再構築し、シミュレーションにおける概日振動の再現性を確認した。つぎに、転写、翻訳、分解、リン酸化、核内外輸送の各反応に10%の摂動をあたえた時に、周期と振幅がどの程度の影響を受けるか、感度解析を行った。その結果、どのモデルにおいても転写反応の感受性が比較的高く、精巧な転写制御機構が概日リズムの安定性に寄与していることが示唆された。

一般的に、数理モデルは要素数が多いほどロバスト(頑強)であると言われている。ところが、今回比較した8つのモデルのうち、要素数が少なく転写反応の遅滞を組み込んだモデルのロバスト性が高いことが確認された。この結果からも、転写制御が概日時計機構に重要な役割を果たしていることが支持できる。

振幅に関する感度解析の結果は、各モデル、各反応によりさまざまであった。周期には24時間という明確な指標が存在する一方で、振幅に関しては統一された定量的知見が不足している。そのため、このような結果が得られたと小川氏は分析する。しかしながら、概日時計による生体反応の制御には、周期とともに振幅の大きさも重要な役割を担うことが知られている。よって、今後は定量的な実験データにもとづいた解析が求められるだろう。

 ネットワークにおけるフィードバックループ構造が一重ではなく二重である点に注目してシミュレーション解析を行った結果、二重の制御ループ構造のうち一方が外部入力を受容した場合、他方のループに対する緩衝作用が働いて時計遺伝子の発現振幅が安定に保たれ、かつ時刻をリセットすることができる構造であることが示唆された。timが光受容に関与しperが温度補償性に関与しているという研究報告をふまえた上で、per/timループが入力ループであると考えられることが、小川氏らの解析によって新たに示された。

 概日時計は、睡眠リズムやホルモン分泌、光合成など、あらゆる生命現象をつかさどるシステムと言っても過言ではないほど、さまざまな生命反応に多大な影響を及ぼしている。概日リズムを発生させる分子メカニズムは詳細な理解が進みつつあるが、分子機構と現象のつながりについてはまだ良くわかっていないのが現状である。今後は生理学的な研究がさかんな哺乳類も視野に入れ、体内時計と生命現象との関わりについて、また、その意義や進化的背景も含めた、概日時計機構の総合的な理解を目指して研究を進めていきたい、と、小川氏は熱く抱負を語った。

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図1. ショウジョウバエ体内時計における遺伝子発現制御ネットワーク図。三角がプロモータ、四角が遺伝子、波線がmRNA、円がタンパク質を表している。 CLOCK/CYCLEタンパク二量体がE-boxと呼ばれる転写因子結合モチーフに結合して転写を活性化する。ここで誘導されたPER, TIMはCLOCK/CYCLEの活性を抑制してフィードバック制御を行う。一方、VRI、PDP1εはそれぞれ直接CLOCKの転写を活性化、抑制す る。

[ 編集: 西野泰子 ]

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