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クラミドモナス(緑藻類)の種の再定義

植物プランクトンの「種」の正体に迫る

Nakada, T., Shinkawa, H., Ito, T. and Tomita, M. (2010) Recharacterization of Chlamydomonas reinhardtii and its relatives with new isolates from Japan. J. Plant Res., 123(1), 67-78.

 どの生物がどのグループに分類されるか.全ての生き物を種という単位で正しく分類し理解することは地球上に存在する生物を体系的に理解し,その進化的な関係を知る上で欠かせない作業である.Chlamydomonas reinhardtii (コナミドリムシ)は 19 世紀にはじめて記載された歴史のある種で, 光合成や鞭毛運動のモデル生物として全ゲノムも公開されている.ところが分子生物学的研究がさかんな一方で分類学的研究は遅れており, 特に近縁種や類似種(C. smithii,C. globosa,C. incerta,C. orbicularis など) との分類が明確になされていないのが現状である.これは,研究者の間で微細藻類に対して様々な種概念が提唱されていたことが背景にあり,仲田助教らのグループでは今回,この問題を解決するために新規の日本産株を含む培養株を用いて,これまでの種概念に対し実験的に比較検討を行った.

 微細藻類の種概念としては,古典的な形態の類似性,細胞壁とその分解酵素の特異性,ITS 配列 (5.8S,18S,26S rRNA の遺伝子間領域)の二次構造,分子系統,接合子形成の可否,などが提案されてきた. そこで今回,これらの指標を比較した結果,酵素の特異性を除く他の指標はいずれも同じ種分類を支持し, C. reinhardtii C. smithii は同種(C. reinhardtii になる)で, C. globosa,C. orbicularis は別種,C. incerta とされた株は C. globosa の誤同定 (または株の混入)であることが示された.

 C. reinhardtii C. smithii はこれまで,互いに交雑するが形態が異なる,という理由で区別されていたが, 今回の実験により,実際には形態差も種内変異の範囲内であることがわかり,互いに区別する必要がなくなった. 一方で C. reinhardtii C. globosa は互いの酵素で互いの細胞壁を分解することができるために同種とされることもあったが,僅かながら形態差がある上に(C. reinhardtii は細胞が楕円形, C. globosa はほぼ球形), ITS の二次構造でも区別され,2 種の間で接合子を形成しないことが示された. また,これまでは C. globosa の古い株しかなかったため,2 種で生殖隔離があるのか, 単に培養株が不稔なのか区別できなかったが,今回仲田氏らは日本から新鮮な C. reinhardtii の + 株と - 株, C. globosa の性別不明株を分離し,これらを用いて 2 種が確かに交雑しないことを示した.C. reinhardtii C. globosa が別種であることが示されたため, 細胞壁分解酵素の特異性は種の線引きには不適切であったと言える.その一方で他の種分類の基準(形態,ITS 二次構造, 分子系統,接合子形成の有無)は,少なくとも C. reinhardtii C. globosaにおいて同一の結論を導いたため,種という実体のない概念をいずれもうまく反映していた可能性があると言えるであろう.

 微細藻類においては,近縁種間で種の範囲を検討した研究はあまり行われていない. 今回有用性が支持された種を区別する指標が C. reinhardtii でたまたまうまくいっただけなのか, それとも他の微細藻類においても有効なのかは,今後の検証が期待される. また残念ながら今回 C. globosa は 1 株しか得られなかったため,C. reinhardtii との生殖隔離がどのように起こり,どのようにして種分化が進行したのかを明らかにすることは難しい. 将来的に C. globosa の両方の性の株が培養され,C. reinhardtii と生殖関連遺伝子の比較がなされれば, この 2 種は単細胞性緑藻類の種とは何か,という難題に迫るモデルケースになるかもしれない,と仲田氏は語った.生物の種を巡る壮大な議論に,これからも身近な日本から見つかった株が貢献できるかと思えば,期待が膨らむというものだ.


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図:Chlamydomonas reinhardtii とその近縁種 スケールは 10 μm

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