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リン酸化活性プロファイルを用いたシグナル伝達経路の解明に向けて

タンパク質のリン酸化情報を使うことで、シグナル伝達経路の再構築が可能に

Imamura H, Yachie N, Saito R, Ishihama Y, Tomita M.. (2010) Towards the systematic discovery of signal transduction networks using phosphorylation dynamics data. BMC Bioinformatics, 11:232. 

  私たちのような多細胞生物の体内では、細胞同士がコミュニケーションをとりながら細胞組織を構成し、一つの生命体として統合されている。ホルモンや神経細胞における活動電位などの刺激が個々の細胞に届くと、細胞内にある多数の分子がドミノ倒しのように連鎖的に情報を伝達することで、その外界からの刺激を核に伝え、転写やアポトーシスなどを制御する。例えば、タンパクAがその下流のタンパクBを活性化し、活性化されたタンパクBがタンパクCを活性化する。このようにあるタンパク質が他のタンパク質を活性化または不活性化し、下流のタンパク質に情報を伝えていく過程や機構をシグナル伝達という。このような細胞内シグナル伝達による綿密な制御は、生命の恒常性を維持するために非常に重要な役割を果たしている。

 このタンパク質の活性化・不活性化スイッチを調節する役の一つに、プロテインキナーゼがあげられる。プロテインキナーゼは他のタンパク質を基質としてリン酸化、脱リン酸化を行うことによって、シグナルを次々と下流へと伝達していく。シグナル伝達はアポトーシスやがんなど生体内の重要な経路に関連していることから注目されている一方で、未だに全体像や詳細に関しては未知の点も多い。そこで修士過程1年の今村春菜氏らのグループは、シグナル伝達におけるリン酸化に着目し、リン酸化活性プロファイルからシグナル伝達のネットワークを再構築可能であることを示した。

 リン酸化情報からシグナル伝達経路を描き出すために、今村氏はまずはリン酸化活性動態データに着目した。細胞内の多くのキナーゼは、自身がシグナル伝達経路上流のキナーゼにリン酸化されることでそのキナーゼとしての酵素活性を獲得し、その上で、更に下流の標的基質に対してリン酸化を施す (図①)。そのため、キナーゼとその標的基質は類似したリン酸化動態プロファイルを示すとの仮説 (図②) をたて、基質及びリン酸化活性動態データを基に構築した「動態ネットワーク」 (図③) が細胞内のシグナル伝達経路を反映するかどうか検討した。

 その結果、リン酸化データから得られた経路は動態ネットワーク、つまり細胞内の生物学的特異性を反映していた。具体的には、ある条件特異的に起こるシグナル伝達経路中の要素間距離が、動態ネットワーク中に高い相関を持って反映されていることを示した。これを応用し、キナーゼ-基質ペア情報予測により得られたデータセットと本手法に基づいて構築した動態ネットワーク構造を比較することで、特定のシグナル伝達経路上で起きているリン酸化反応を選抜し、擬陽性を取り除いたより精度の高い予測を実現することができる。

 これまでにもリン酸化活性動態データを基にシグナル伝達経路を再構築する試みは行われていたが、網羅的な動態データによるネットワーク解析によってシグナル伝達を解析した例は世界でも初めての試みである。今村氏は、「今回利用した動態データ以外にもこの手法をあてはめて、新たなシグナル伝達経路を解明していきたい」と語った。シグナル伝達経路は、免疫や疾患などに関わりが深い。リン酸化データからシグナル伝達経路を明らかにすることで、これらの生体内機構が解明されることを期待したい。

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[ 編集: 高根香織 ]

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