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クマムシ乾眠能力の違いのメカニズムは、その準備段階にあり!

2種のゲノムと遺伝子発現を網羅的に解析し、極限環境耐性と進化の関係に新発見


Yoshida, Y., Koutsovoulos, G., Laetsch, R., D., Stevens, L., Kumar, S., Horikawa, D., D., Ishino, K., Komine, S., Kunieda, T., Tomita, M., Blaxter, M. and Arakawa, K.(2017) Comparative genomics of the tardigrades Hypsibius dujardini and Ramazzottius. PLoS Biol. 2017 Jul 27;15(7):e2002266. doi: 10.1371/journal.pbio.2002266. eCollection 2017 Jul.

超低温や放射線、さらには宇宙真空への曝露などの極限環境においても生存可能な小さな生物、クマムシ。この驚異の環境耐性の分子機構や進化を解析するためには、高精度なゲノム情報が不可欠である。さらに言えば、高精度なゲノム情報が「2つ」あることが重要だ。なぜか?異なるクマムシのゲノム情報を基盤としてその差異を解析すれば、共通項からはクマムシをクマムシたらしめるコア遺伝子群の同定に、そして非共通部分からはそれぞれのクマムシ独自の性質を明らかにすることができる。例えば、クマムシが属する緩歩動物門の進化を考える上では前者が、異なる乾眠機構の解明には後者が有用だ。また、クマムシはこれまでにゲノムが読まれた生物から系統的に離れていることから独自の門を持つ。そのため、例えば遺伝子の構造なども既知の生物のモデルでは正確に予測ができない。これも、2種の比較から保存された遺伝子がわかれば、正しい学習データからクマムシ独自の遺伝子モデルを構築できる。


そこで、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程の吉田祐貴氏と荒川和晴准教授らは、スコットランド・エジンバラ大学のマーク=ブラクスター教授や東京大学の國枝武和助教授らと共に、クマムシの中では比較的弱い乾燥耐性を持つドゥジャルダンヤマクマムシ (Hypsibius dujardini) と呼ばれる種に着目し全ゲノム決定をおこなった。さらに、既に先端生命科学研究所と東大や遺伝研との共同研究によってゲノムが解読されたヨコヅナクマムシ (Ramazottius varieornatus) の遺伝子情報をアップデートすることで、2種の情報を基盤とした高精度なクマムシの遺伝子データベースを構築した。ドゥジャルダンヤマクマムシのゲノムに関しては、2015年にアメリカ・ノースカロライナ大学のグループが遺伝子の水平伝搬が大規模に発生した可能性を示唆し、一方で荒川准教授らを始めとする複数の研究機関から、水平伝搬という結果がコンタミネーションによるものであると反論されていた。そこで、吉田氏らがまずこの高精度な遺伝子データベースを基にクマムシゲノムを再解析したところ、水平伝搬によって取り込まれた遺伝子の割合は最大で約1%であり、他の脱皮動物と並ぶ値であることが示された。これにより、大規模な水平伝搬仮説は完全に否定されることとなった。


次に、吉田氏らは2種のクマムシの乾燥能力の違いを調査した。意外にも、コンクリート上の苔に生息し急速な乾燥が可能であるヨコヅナクマムシと、池の底に生息し48時間程度の準備時間を要するドゥジャルダンクマムシの間で、極限環境耐性に重要だと考えられる遺伝子セットは保存されていた。具体的には、細胞を乾燥から守るための遺伝子や、抗酸化作用に関連する遺伝子の重複、さらに細胞ストレスセンサーの欠損などが2種のクマムシゲノムに共通していたのである。ではなぜこのような乾燥耐性の違いがあるのだろうか。吉田氏らはこれが遺伝子の発現に起因するのではないかと考えて、詳細な遺伝子発現解析をおこなった。その結果、強い極限環境耐性を持つヨコヅナクマムシでは必要な遺伝子が常に高発現である一方、ドゥジャルダンヤマクマムシでは乾燥シグナルを受けてから一気に数千の遺伝子のスイッチが入り、高発現になることがわかった。発現誘導後の遺伝子発現量は2種で似通っており、その動態こそが耐性の違いを生んでいると考えられる。


最後に、どのような進化の過程を経てクマムシはこのようなユニークな生物へと進化したのかを、共通する遺伝子を見ることで解析した。クマムシが属する緩歩動物門は、昆虫などが属する節足動物や、線虫などが含まれる線形動物のどちらと姉妹関係があるのかについて長らく議論されており、未だ決定的なデータがない。そこで、ゲノムから系統関係を調べるのに適する数百の遺伝子を選択し、ゲノムワイドな系統解析を行った結果、ゲノム系統学的には線形動物との姉妹関係が示唆されたものの、遺伝子ファミリーの進化は節足動物との姉妹群を支持した。依然としてこの系統関係に関する議論に決着はつけられなかったが、ゲノム情報を用いててもこのような結果となったことは、おそらくカンブリア紀以前のエディアカラ紀後期に起きたと考えられる緩歩動物門・線形動物門・節足動物門の分岐が極めて短い時間に起きたことを意味する。荒川准教授は「生物の多様化で知られるカンブリア爆発は、考えられているよりも少し早い段階から始まっている可能性がある」と語り、吉田氏は「本研究で得られた2種のクマムシゲノム情報は、今後のクマムシ研究の分子生物学的実験の基盤となるものです。本研究室内外にかかわらず、乾眠という非常に魅力的な現象に興味を持ち、かつ取り組んでくれる研究者が増えることを願っています」と展望した。

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図1: ヨコヅナクマムシの電子顕微鏡写真。右図はHorikawa et al.(2012)Astrobiology12(4):283-289 より。

図2: ヨコヅナクマムシとドゥジャルダンヤマクマムシの比較図。ヨコヅナクマムシは非常によく乾燥する環境から採取された、強い乾燥耐性を示すクマムシである。約30分程度で乾眠することが可能。対してドゥジャルダンヤマクマムシは24-48時間かけてゆっくりと乾燥させないと死んでしまう。2種は比較的近縁な種であるが、ヨコヅナクマムシは乾眠に必要な遺伝子を常時発現させ、ドゥジャルダンヤマクマムシは乾燥時のみそれらの遺伝子を発現させる。

[編集: 川本夏鈴]

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