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Apotardigradaに関するクマムシの分類学を再分析

BUSCOデータセットから選択した複数遺伝子系統樹の作成および系統分類の証明

Fleming J.F, Arakawa K, Systematics of tardigrada: A reanalysis of tardigrade taxonomy with specific reference to Guil et al, (2019), Zoologica Scripta, 00:1-7, (2021).
DOI: 10.1111/zsc.12476

 超低温や真空、そして高線量の放射線、あるいはこれらが混在した環境のミックスである宇宙空間への曝露などに耐性を持つクマムシは、特にその極限環境耐性において注目されることが多い。一方で、クマムシは独自に生物分類上の「門」である緩歩動物門を形成する分類群で、例えば我々人類や哺乳類・爬虫類・魚類、さらにはホヤなどを含む脊索動物門や、昆虫・甲殻類・ムカデやクモなどを内包する節足動物門と同等に広い分類区分である。よって、クマムシは緩歩動物門内部の多様性やその進化を研究する上でも系統分類学的に注目されている。緩歩動物門には、主に体表にさまざまな「トゲ」を持つ異クマムシ綱(Heterotardigrada綱)と、これを持たず比較的つるつるとした体表の真クマムシ綱(Eutardigrada綱)に分類される。が、その中間形質を持つとされ、「オンセンクマムシ」のみが含まれる第三の綱である中クマムシ綱(Mesotardigrada綱)」が1920年代にGilbert Rahmによって報告されたものの、それ以降発見されず、長年議論の対象となっている。オンセンクマムシは日本の長崎県雲仙の温泉から見つかったためこのように命名されている点も、日本人としてどこか親しみを覚えてしまう。

 地震による温泉の流れの変化などの影響もあり、オンセンクマムシの存在はその後の度重なる調査でも未だ確認はされていない。一方で、Guilらが近年、真クマムシ綱の中でも他と特徴を画するオニクマムシ(ハナレヅメ目)が実は真クマムシではなく、異クマムシ・中クマムシ綱とも異なる第四の綱「Apotardigrada綱」に値する、とする報告を行った。オニクマムシは口の周りに特徴的な乳頭突起を複数持ち、体長も大きく、爪や咽頭の形状などで確かに他の真クマムシ綱のクマムシとは異なる形態を持つ部分があり、Guilらは加えて18S rRNAと28S rRNAを用いた系統解析で、オニクマムシを含むクレードの枝長が、他の綱と同等であることを論拠とした。

 とはいえ、これまで数世紀に渡り形態学的にオニクマムシが真クマムシ綱に位置付けられていたことも事実であり、枝長を元に綱を分けるというのは、系統学上も普通は取られない手法である。そこで、慶應義塾大学先端生命科学研究所のジェームス・フレミング特別研究員(当時)と荒川和晴准教授は、当研究室で既に解析を進めていた数十種のクマムシゲノムを用い、これらに共通して1コピーずつ保存されている進化速度が遅い遺伝子をBUSCOデータセットから選択し、複数遺伝子系統樹を作成した。その結果、BUSCO遺伝子を用いた系統樹ではGuilらの分類は支持されないことが示され、Apotardigrada分類とともに、枝長に基づく分類法が明確に棄却された。Apotardigrada分類は大きな議論となっておりいたため、本論文投稿中にポーランドのグループが同時に形態学的側面からApotardigrada綱を否定する論文を発表した。これらの報告を受けて、緩歩動物の系統分類を整理しているデータベースでも最新版ではApotardigrada分類は取り下げられている。

 遺伝子情報に基づいた系統分類学は、遠い過去に起きた進化の軌跡を定量的に辿れる手法であり、カンブリア爆発以前から始まった、数億年にもわたる緩歩動物の進化に思いを馳せることができること自体がこの研究の魅力の一つだ、と荒川准教授は語る。加えて、科学者たちが学術論文誌という舞台で公に議論を交わし、教科書の形で後世に繋ぐ様をリアルタイムで観られることも先端生命科学の魅力なのだろう。

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図:(上)異クマムシ綱(ニホントゲクマムシ)・真クマムシ綱(ショウナイチョウメイムシ)・Apotardigrada綱への分類が議論されているオニクマムシの例。(下)18S, 28S, BUSCO遺伝子による系統樹。Aが最尤推定法、Bがベイズ法による樹。BUSCO遺伝子を用いたものは18S+28Sの結果をサポートしない。なお、ショウナイチョウメイムシは山形県鶴岡市で発見された新種のクマムシである(記事)。

[編集: 安在麻貴子]

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