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曽我朋義教授

曽我朋義教授
曽我朋義教授

─現在はどのような研究テーマに取り組まれているのでしょうか。

 細胞内にある全代謝物質を総称して、メタボロームと呼びます。ひとつの細胞内に含まれる代謝物質は、微生物で数百種類、哺乳動物で数千種類、植物で数万種類あることが知られていますが、これだけの数の代謝物質を一斉に測定できる分析法は開発されていませんでした。

 DNAはATGCのわずか4種類、プロテオームの場合でもアミノ酸20個で構成されており、性質も近い物質です。しかし、代謝物質はそれぞれの物理化学的性質が非常に似通ったものから全く異なるものまであるため、これらを一度に測定することが難しかったのです。

 最初に慶大先端生命研(IAB)の冨田所長にお会いしたときに、「E-Cellによる全細胞シミュレーションを可能にするために、どうしても実際の細胞内の個々の代謝物を定量したい」と熱く語られました。これが、キャピラリー電気泳動―質量分析計(CE-MS)によるメタボローム測定法開発のきっかけでした。

 私は大学時代は慶大工学部の有機化学の研究所で抗生物質の合成を行っていました。その後横河電機に入社し、分析機器の応用開発に取り組んでいました。IABに入る前は、キャピラリー電気泳動装置(CE)に、質量分析計(MS)を組み合わせたCE-MS法を研究開発していました。将来はこの分析法が世の中を変えると確信していました。CE-MS法はイオン性物質であれば何でも測定できるという可能性を秘めていたからです。 IABに着任してから細胞に存在する代謝物質を調べたところ、驚いたことにほとんどがイオン性物質でした。そして、CE-MSしかないと直感しました。これまで蓄積してきた知識と経験を生かして着任一年でキャピラリー電気泳動質量分析計(CE-MS)によるメタボローム測定法を世界で初めて開発し、微生物の細胞内から二千種類弱の代謝物質を一斉に測定することができました。

 現在IABにはCE-MS装置が30台以上あり、このメタボローム解析技術を主軸に現在までに大学や研究機関と100件以上の共同研究を行っています。特に力を入れているのは、慶應の医学部、国立がんセンターや東大の医学部などと共同で行っているバイオマーカーの探索等の医薬分野の研究です。バイオマーカーとは生体や組織の異常を示す物質のことで、例えば糖尿病の診断に使われている血糖値があります。現在バイオマーカーは 世界中の製薬会社が血眼になって探しています。これまで遺伝子やタンパク質などの高分子のバイオマーカーの探索が行われてきましたが、なかなか新しいもの が発見されていません。そこで、私たちはメタボローム解析技術を用いて低分子バイオマーカーを見つけ出そうとしています。

多様な分野で活躍するメタボローム解析

 慶應の医学部と共同で行った研究で、市販の解熱鎮痛剤の大量摂取によって引き起こされる急性肝炎のバイオマーカーを発見しました。また、国立がん センターとの共同研究では各種のがん患者のがん組織と正常組織を送っていただきメタボローム測定を行っています。あるがん組織に特有に多く存在する物質を見つけ、それが血液でも有意に増加していれば新規のバイオマーカーになります。近い将来、血液を測るだけで「あなたは大腸がんになる可能性があります」と 簡単に診断される日が来るかもしれません。またアルツハイマー病の早期診断も可能になるかもしれません。

曽我朋義教授

 一方、特定の疾患のバイオマーカーを発見すれば、疾患バイオマーカーの変動を薬物投与後に見ることで薬効を測定することができます。また毒性のバイオマーカーも有用です。薬物を投与した時に毒性バイオマーカーが増加すれば、その薬は毒性が高いということがわかる。この ように、バイオマーカーは創薬の開発に大変有用です。

 今まで述べてきたことなどが私たちのグループが行っている医療や医薬に関する研究ですが、それ以外にメタボローム解析を環境分野にも応用しています。伊藤君(伊藤卓郎研究員)が話したと思いますが、窒素源がなくなると二酸化酸素を取り込んで軽油を作り出す緑藻類がいます。まず、その緑藻が何で軽油を作り出すのかというメカニズムを解明する。さらに、その緑藻をもっと早く培養させることや、あるいはもっと効率よく軽油を つくらせる方法を追求していけば、安く迅速に、かつ大量に二酸化炭素から軽油を産生できることも夢ではありません。これは現在直面している地球温暖化と石油資源枯渇の両方の問題を解決する画期的な方法論かもしれません。

 オイル産出微生物以外では、植物プラスチックの原料開発にも取り組んでいます。

 サトウキビからグルコースを取り出し、そのグルコースを原料にして大腸菌に高純度のD-乳酸とL-乳酸を生産させます。 D-乳酸とL-乳酸を重合させるとポリ乳酸プラスチックができますが、これが今注目されています。何が良いかというと、そのプラスチックを焼却すると二酸化炭素が発生しますが、発生した二酸化炭素はサトウキビを育てるときに利用するため、排出された二酸化炭素の多くをリサイクルすることが可能です。

 ポリ乳酸プラスチックは石油を使用しないし、排出した二酸化炭素を再利用することができます。私たちは、メタボローム解析技術の測定結果を見ながら、ポリ乳酸プラスチックの原料を高純度に生産する大腸菌の開発を行っています。

 さらに、メタボローム解析技術を食料や農作物の研究にも応用しています。稲の病気の中でも主要なものにイモチ病があります。しかし、同じ稲でもイモチ病菌に強い稲と弱い稲というのがあるそうです。私たちのグループでは、イモチ病に強い稲の開発研究を行っています。イモチ病に強い稲は、イモチ病菌が感染したときに対抗する抗菌性物質を多く産生している可能性が高く、抗菌性物質の代謝経路が増強されていることが予測されます。 したがってメタボローム解析技術によって抗菌性物質を産生する代謝経路を特定し、その代謝経路を増強することができれば、イモチ病に強い品種への改良が可能になります。

 一方、メタボローム解析を様々な基礎研究にも応用しています。例えば、これまで不明だったトランスポーター(組織に存在する低分子物質を輸送するタンパク質)の機能解明にメタボローム解析が大変な威力を発揮することが分かってきました。野生型マウスと機能未知のトランス ポーターの遺伝子がノックアウトされたマウスを準備し、それぞれのマウスの各臓器・血液・尿などに存在する低分子物質を片っ端から測定します。

 トランスポーターは特異的にある物質を細胞内外へ輸送します。したがって、野生型とノックアウトマウスのメタボローム測定結果を比較し、ノックアウトマウスにのみ、ある物質が特定の臓器にないことがわかれば、ノックアウトした遺伝子から発現したトランスポーターがどの臓器でどの物質の輸送に関与しているかを見つけだすことができます。これまで二つの大学と共同研究を行いましたが、両方ともトランスポーターの機能を一発で発見しています。

─研究のポリシーはなんでしょうか?

 最先端の代謝物質の一斉分析法を開発することができたので、いろんな分野の研究者にこの測定法を使っていただいて、成果をたくさん出して欲しい。その成果が世の中に役立てば大きな喜びです。

新たな知見を得たときの
爽快感がたまらない。

─一番興味があることはなんですか?

 研究をしていて一番感動するときは、これまでわからなかったかった問題が解決されたときです。分析装置の開発でもバイオマーカーの探索でも、予想もしなかった結果が得られる場合がある。その原因をあれこれ仮定し解決策を実験する。これを繰り返しているうち原因が判明し問題 を解決することができる。この時自分の至らなさを思い知るとともに、新たな知見を得たことでたまらなく爽快な気分になる。この気分を味わうために研究を続けているようなものです。

 でも、一度知ってしまったものには興味はなくなってしまう。だから今までの経験を振り返ると、その分析法をある程度理解してしまうともうそこには興味がない。

 だから、これまで他の分析法の開発に移ってきました。しかし、CE-MS法に関しては、まだ解明できない現象がいくつかあります。

 バイオの知識は全くなかったけれど、自分の開発してきた分析技術が通じるか試したくて新たな研究分野に飛び込みました。 いろいろな研究者と共同研究をしていても向こうが何を言っているのか最初はさっぱりわからなかった。でも、何度も何度も聞いているうちに少しずつわかってくる。だからどの分野の研究も、取り掛かったら非常に面白いのではと思いますね。自分には到底太刀打ちできない分野も多いですけど。

─有機合成をされていたという事ですが、一番最初に手がけたのは?

 抗生物質の全合成、大学4年生のときです。共同研究していた協和発酵がホーチミシンという抗生物質を開発していました。 研究室の教授が、そのホーチミシンの構造から水酸基だけをはずした物質を合成したらもっと効くかもしれない、と考えて、それを学生が合成していた。どうやって合成するか経路や手順なんて、4年生には全くわからなかった。それは研究室の先輩達がちゃんと考えていて、すでに合成経路が確立されていたので、僕 が4年当時にやったのはひたすら実験(労働)することだけ(笑)。

 全部で36工程あって、最初の原料は大量に必要なので1番目の反応を1ヶ月位かけて何度も何度も行った。36工程というのは大変なことで、例えば1工程での収率が90%としても、全工程のトータル収率は0.9の36乗です。とんでもなく低い収率になるはずです。しかも、 90%の収率で反応が進むことなんてほとんどなくて、もっと悪い。どこか1工程に50%とか、あるいは2カ所くらい50%とかが入ると、本当に少なくなってしまう。

 大学4年の時は月曜から土曜まで朝から夜中までずっと実験していましたね。となりは分析化学の研究室で、彼らは昼頃来 て、のぞくとみんな楽しそうにケーキを食べながらお茶を飲んでいる。夕方になるとみんなで帰っていく。私の研究室は雰囲気もピリピリしていてみんなひたすら実験していた。今に見てろという思いだけで働いていた。

 工程が進むにつれて合成物はどんどん少なくなっていった。26行程目までいったら、ほんの ひとつまみになっちゃって、12月中旬の27工程目でついに無くなっちゃった。本当に全部なくなっちゃった(笑)。それでぼ~ぜんとしちゃって。これまで1年間自分がやってきたのは何だったんだと。

 その翌年に36行工程、全部完成したと聞いた。合成された抗生物質はいろいろなバクテリアに加えて抗菌作用があるかどう かを確認します。その抗生物質は全く効きかなかったと聞いた。だから非常に非効率ですよね。あのとき思ったのは、1年費やしても一つの物質が合成できなかった。その後40年研究しても40個できるかどうか。自分が有機合成に全人生を費やしても、もしかするとひとつも当たらないかもと思って、有機合成はやめたんです。結構おもしろかったけれど。それで、企業に就職した。

─どういった企業に就職しようと思ったのですか?

 研究職に就きたかったので、学部卒でも研究職に就けるというところを探しました。ただ、学部卒で研究職に就ける化学系の会社っていうのはほとんどなかった。そうこうしている時に横河電機に就職した先輩が来て、「うちの会社なら学卒でも研究職に就けるよ」って言われました。 ボーナスも12ヶ月、ということを聞いて、そんな会社は他に無いと思って入社した。そうしたら営業に配属になっちゃった(笑)。配属後6ヶ月たった頃とうとう我慢できなくなって、会社を辞めて大学院に再入学して修士を取得して研究職に就きたい、と上司に言ったら、1か月後に部署を変えてくれた。今思うとわがままな新入社員ですが、そのお陰で研究開発ができるようになった。そのときの上司には今でも感謝しています。

─人生を変えた出来事はありますか?

 ・・うーーーん。いっちばん変わったのはなんでしょうねぇ、失恋かなぁやっぱり。20代後半に。暇だとくよくよ考えて悲 しくなるので、ひたすら実験していました。土日に新しい分析法の開発をしていたら論文が少しずつたまってきた。その頃、会社を訪れたある大学の先生に、こ んなにたくさん論文を持っていればすぐにドクターがとれる、と言われて、それで博士論文を書きました。39歳の時です。博士を持つといろいろな研究機関に 応募できるのでバイオの研究職に応募しようとしていたのですが、バイオの実務経験が無いととってくれない所が多かったんです。その時、この研究所 (IAB)が募集を出していて・・・、それから現在に至っています。

問題にぶち当たって
とことん考えるのが楽しい。

─人生で成し遂げたいことは?

 この方法(代謝物質の一斉測定)によって大発見が生まれたら最高なんだけど。あとは、分野にこだわらず、おもしろそうな研究があればやってみたい。今は代謝を少しずつ理解しようとしています。代謝もわかってくると面白い。でも代謝を完全に理解するのはすべての時間を注いでも難しそう。 今はまとまった時間がとれないため、実験は研究員や技術員の方にお願いしています。夢は、定年後自分の家に実験室をつくって、若い頃のように自分で実験して論文を書くことですね。単なる自己満足ですが。問題にぶち当たってとことん考えるのが楽しい。まぁ、趣味の釣りの方が難しければ、海に通う日々になるかもしれないけれど。

─本日はどうもありがとうございました。

(2007年11月9日 インタビューア:小川雪乃 編集:西野泰子 写真:増田豪・荒川和晴)

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