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篠田裕美助教

篠田裕美助教
篠田裕美助教

─現在の研究について教えて下さい。

 博士課程の時には、線虫という生物のDNA複製因子についての生化学的な解析、たとえば、人工的にDNA複製因子の酵素をたくさん作って、それぞれの酵素の活性を測定して違いをみつけるなどの研究を行っていました。その後IABで研究員となってからは、もっと私たちに身近な研究テーマをやりたいと思っていました。最近お肌が・・・とか、誰しも体の変化は毎日感じるものですが、実際それが科学的にわかっているかというと、結構わかっていないことが多いですよね。そんな風にして、私たちみんなの関心があることって何だろう、と考えた時に、『老化』というテーマにたどりつきまし た。一方で、私が博士課程の時に研究対象としていた線虫は、約1000個の細胞から構成される多細胞生物なのですが、モデル生物の1種なので、ゲノム配列 も解読されていますし、DNA複製因子以外にも様々な分野の知見が蓄積しています。私にはこの線虫を扱ってきた経験があり、また、IABでしかできない研究テーマをやりたかったので、IABが得意とするメタボロミクスと線虫とを絡めた研究テーマがないかと考えていました。

 線虫の老化について調べていたら、平均寿命より長い寿命をもつ変異体が初めて見つかったのが線虫だということがわかりました。線虫はもともと3週間くらいの寿命なのですが、1990年代に見つかったage-1という変異体の寿命は通常の線虫の2倍くらいになるそうです。

 変異体の原因遺伝子がインスリンのシグナル伝達系に関係しているらしいなど、どの遺伝子に変異があるから長寿命が達成されるのかというところはわかっていますが、遺伝型と表現型の間のところ、つまり、遺伝子の変異により何が変わって寿命が延びているのかについてはなかなかわかっていません。 先行研究ではストレス応答が変化するとか、抗ウイルス性の形質を獲得したのではないかとか、代謝が変わっているかも知れないなど、諸説あります。これら候 補のうちに代謝関連のものがあったことや、インスリンだと細胞内の代謝にもいろいろ関わってくるだろうということもあり、長寿命変異体の代謝物質を測定してみるのも面白そうだな、と思い、新しく研究テーマを考えてみました。線虫のメタボローム自体もあまりやられていなかったので、今はその準備に取りかかっているところです。

─面白そうですね。

 線虫のメタボロームもまだやっている途中ですが、線虫はモデル生物なので、この寿命変異体の線虫以外でも応用範囲は広がるのではないかと思っています。これをきっかけに線虫のメタボロームを展開していきたいと考えています。

─線虫のメタボローム測定は大変ですか?

 線虫のメタボロームを測るためには、まず発生段階を揃えないといけません。線虫は雌雄同体なので、ほうっておくとどんどん増えていって、大人の線虫もいれば子供の線虫もいるという状態になってしまいます。そこで、最初に親を溶かして卵だけの状態にして発生段階を揃えます。 同調させた線虫を数十時間培養し、大人になって卵を産むまでの数時間の頃を見計らって線虫を回収したら、やっとメタボロームを測定することができます。測定するための線虫を準備するのにかなり時間がかかり、また、きちんとした結果を出すためには何サンプルも用意しなければいけないので、少し苦労していると ころです。野生体と長寿命変異体の発生の速度も異なっていたりするので、何時に回収、とか一概に決められなかったり、また、線虫のライフサイクルに実験時間を合わせなければいけないので、夜中に線虫を回収しなければいけない時は大変ですね。

─age-1周辺の経路はわかっているのでしょうか?

 age-1変異体が単離されてから、長寿命変異体のどの遺伝子に変異があるのか、ということがどんどんわかってきていま す。もともとはdaf-2というインスリン様ホルモン受容体をコードする遺伝子があって、age-1はその受容体から開始するシグナル伝達経路に属するリ ン酸化酵素をコードする遺伝子です。野生体だとこの経路が働くので、Age-1がDaf-16という転写因子をリン酸化して核内に移行できなくします。す るとDaf-16が転写因子として機能しなくなることから、線虫は普通の発生過程をたどります。しかし、age-1やdaf-2という遺伝子がなかったり機能が低下したりしている変異体だと、ここのカスケードが滞ってDaf-16転写因子がリン酸化されず核内に移行してしまいます。そのため、ある条件で age-1変異体やdaf-2変異体を育てると、核内に移行したDaf-16転写因子がいろいろな遺伝子を制御し、その結果として変異体の寿命が長くな る、ということまではわかっています。その先の知りたいことについて、メタボロームの側面から解明していきたいです。

─どういう結果が出たら面白いと思いますか?

 トランスクリプトームやプロテオームによって野生体と長寿命変異体を比較したこれまでの研究から、制御(アップレギュ レート、ダウンレギュレート)されている遺伝子がリストアップされています。それらと照らし合わせて、個々の経路の活性化を代謝レベルに落として見ることができたらいいなと思っていますが、むしろ、これまでのアプローチでは見出されなかったような結果が出たら面白いなと思います。また、メタボロームの解析結果を糸口として、老化の制御に関与する物質を万が一にでも見つけることができて、その物質が寿命に影響することをきちんと証明することができたら、これ以上のことはありません。

─博士課程ではどのような研究をされていましたか?

 私が博士課程の時に興味を持っていたのは、生体内に有る多様性です。例えば、私たちヒトなどの真核生物では、ひとつの遺伝子から複数のタンパク質が生成される選択的スプライシングという現象が見られます。ヒトの遺伝子数は2万2千~5千くらい、線虫は2万くらいで、ヒトの 方が選択的スプライシングが多かったりするので、ヒトとしての複雑性には選択的スプライシングが関与しているのか、という観点から遺伝子の多様性というところに興味を持って、コンピューテーショナルな手法を用いて解析をしていました。

篠田裕美助教

 対象生物はマウスでした。私たちが研究をしていた当時はマウスの選択的スプライシングがどの程度起きているのかわかっていなかったので、理化学研究所との共同研究で、マウスのcDNAライブラリーという発現している遺伝子のRNAの配列を決定したデータの中に、選択的スプライシングがどのくらい含まれているのか、という研究をしていました。

 誰も解析したことのないデータを使って結果を出すことはとてもエキサイティングだったのですが、コンピューターによる解析は予測にとどまるということに、物足りなさも感じていました。

 そんな時に、IABができることになって、バイオキャンプという実験実習を体験できる機会に恵まれました。半年間、 実験に触れて、実験をすることがとても楽しかったので、博士課程では実験を中心とした研究をしたいと思うようになりました。そして、線虫のDNA複製因子 に関連する遺伝子の転写産物に選択的スプライシングがあるということで、その遺伝子群を対象とする研究テーマに取り組ませてもらえることになりました。

 このテーマに取り組む前は、多様性によって何らかの機能がもたらされると一途に思っていたのですが、実験で実際に取り扱ってみると、このDNA複製因子の遺伝子が持つ多様性の意義は全く分からなかった。私が見つけられなかっただけなのかもしれないですが、この経験から、オーム研究で検出される多様性の中には、生体内に存在するゆらぎや、重複によるバックアップシステム、また、進化の過程のトライアル・アンド・エラー なんかも多く含まれているのかもしれないと思うようになりました。 自由に実験をさせてもらえたので、回り道をすることも多かったのですが、情報科学と実験の両方の手法を体得できたことは、今の自分にとって大きな糧になっ ています。

世界の舞台が近いと感じた。

─研究者になろうと決めたきっかけは何だったのでしょうか?

 研究室に入った当時は遺伝子の構造に関する研究をしていました。遺伝子にはタンパク質をコードしている領域とコードしていない領域があります。コードしている領域はエキソン、コードしていない領域はイントロンというのですけれど、このイントロンの長さや位置の傾向をコン ピューテーショナルな手法を使って見てみたのが学部生時代のテーマです。その成果は他の人が注目していない点だったので論文にしてみようということにな り、学会発表もしました。初めての国際学会の発表がRECOMB2000という日本で行われた学会だったのですが、その時たまたま、イントロンを発見した ウォルター・ギルバートというノーベル賞受賞者が講演に来ていました。私たちはその講演を聴くことができて、しかも懇親会では、ウォルター・ギルバートさんに私たちの研究について質問をしにいったのです。それまではノーベル賞受賞者ってテレビで見たり新聞で読むような人だと思っていたのに、目の前にいて、 ほんの少しの時間ですがお話することができました。

 例えば、スポーツで国際的な舞台に出るとなると日本で1位にならなくてはいけないなど、すごく大変ですよね。でも、サイエンスの世界は学部生でもノーベル賞受賞者とディスカッションができるということにすごくびっくりして、世界の舞台は近いのだと思い、それで研究者という仕事に魅力を感じたということがあります。

─確かに、思わぬすごい人がすぐそこにいたりしますよね。

 修士の時に国際学会で発表したときも、ポスター発表ですごく熱心に質問してくる人がいるなと思ったら、自分がよく読んでいる論文を書いた人だったりしました。頑張れば国際的な発表の場に立つことができるし、その発表の場では、年齢も経験も国籍も性別も関係ないというところにも、非常に魅力を感じました。私が所属していた環境情報学部の冨田研究室は、学部生でも研究成果を自分で発表することができたので、このような機会を積極的に与えられていたということも、すごく恵まれていたと思いますね。

 また、自分の書いた論文を読んでくれる分野の人は限られているけれども、いきなり発表する場が国際雑誌、というところも良いなと思って、そこも修士の学生ながらに感動しました。

女性でもずっとつづけられる職業だから。

─研究以外でこだわりはありますか?

 今は1歳の子供がいて、もうひとり妊娠中ということもあって、非常に子供がかりになってしまいます。研究をしている時以 外はほとんど子育てのことでいっぱいですが、でもそれだけだと煮詰まってしまう時もあるので、妊娠する前はヨガをやっていたんですよね。瞑想する時間とい うのがヨガの一連の動作の中に必ずあって、20分程度横になって何も考えないという時間があるんですよ。 今の私にとって、考えなくていい時間というのがとても貴重で、他の時は研究のことや子供のことなどいろいろ考えてしまうので、頭を空っぽにする時間の貴重さをしみじみと実感しているところです。

 今は妊娠中ですが、マタニティーヨガというのも産婦人科のプログラムにあって、そこに参加して、自分だけの時間というのを持つように心がけています。

─家で研究のことが頭から離れないことは?

 女性のすごいところは、わりと切り替えがきくところだと思います。うちの旦那を見ていても思うのですが、男性は家に帰っても仕事のことを考えたりするかもしれないけれど、私は家に帰ったらお母さんになれる。もしかしたら、これって女性独特なのかなって思ったりします。

─研究中にお子様のことが気になりませんか?

 それはありますね。体調が悪そうなときや、ケガをしていて少し痛そうな時とかは特に気になりますが、今は託児所が近くにあるので、心配な時はすぐに見に行けます。

─すごく充実していますね。

 学生の時は自分ひとりのことで良かったけれど、今は家族のこともあって大変です。でも、幸せに思って毎日を過ごしています。

─今後、研究やその他のことについて、夢や展望をきかせて下さい。

 研究者を職業として選んだことは、女性でもおそらく自分が努力をすればずっと続けられる職業だから、という思いがあったからです。今は出産や育児でそちらに時間を割かれている面もあるのですが、それなりにこれからも研究を続けられるように、低飛行ながらも頑張っていって、 もうちょっと子供に手がかからなくなったら、研究に力を注いでいきたいと思っています。

 研究者だと学会にいって人と接したりとか、自分たちの所属とは違う人とコミュニケートしたりということが非常に重要だと思うのですが、今はその機会がなかなか持てないんですよね。もう少し自分の環境が落ち着いたら、またそういうことにも復帰していって、国際的な舞台にもっと立っていきたいなと思っています。

─今後の研究の展開はどのようなことをお考えですか?

 寿命と代謝の関連性が明白ではないので、まずはその解明を目指したいです。そして、メタボロームという技術は、自分が見たいと思う物質以外にも、まったく未知の物質も含めて一斉に測定したデータを提供してくれるので、このデータを活かせるように自分の知識や解析技術を高めていくことで、膨大なデータの中から真の光を見出せればと思います。

 また、今回の研究を始めるきっかけにもなったのですが、私たちヒトの生活に何かしらの関係があるような研究をしていきたいと常々思っています。恐らく日本はこれから少子高齢化社会になって、病気を治すということも重要だと思うのですけれど、病気を予防するということも非常に重要になってくると思うんですね。病気を『予防する』というところに寿命を規定するような要因がもし関わってくるのだとすれば、科学的な観点からヒトの生活の質の向上に貢献できるのではないかな、というモチベーションで頑張っていきたいと思っています。でも欲張りなので、サイエンスの世界にも貢献したい。なぜヒトは老いるのか?そんなことを考えながら、研究を続けていきたいです。

─最後に何かメッセージがあれば、お願いします。

  女性が仕事を続けていくのに、研究職は難しくもありますが、かなりのやりがいも感じています。ライフワークにするには非常に適しているのではないかと言うことを女性の皆さんに伝えたいなと思います。

─どうもありがとうございました。

(2007年11月8日 インタビューア:小川雪乃 編集:西野泰子 写真:増田豪)

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