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斎藤菜摘講師

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─現在はどのような研究テーマに取り組まれているのでしょうか。

 メタボローム技術を利用して酵素の機能を特定するメソッドの開発と、それを利用した機能解析がこの研究所で最初にとりかかった仕事です。この仕事ついては、最近論文発表もしたしいくつかの新しい酵素も見つけてひと区切りついたので、また違うことを考えている最中です。

 開発した酵素機能特定法はin vitroの反応をベースにした手法です。まず何かの生物からタンパク質を精製して、いろいろな種類のメタボライト(化合物)のプールと混ぜて反応させます。タンパク質が酵素で、メタボライトプールの中に基質が含まれていれば、反応が起きて基質がなくなり新しいプロダクトが試験管内で増えます。反応前後のミクスチャーをメタボローム解析により比較することで、基質を使う酵素を探索する、というすごくシンプルな方法です。

 酵素の活性を調べるには分光光度計で測る方法が一般的ですが、同じ波長でモニタする場合はたくさんの基質があるとかぶってしまって調べられないので、普通は1つや2つ程度の限られた基質とタンパク質を反応させます。この場合、新しい基質が何かということを探るのは大変で す。開発した方法では、たくさんの化合物ミクスチャーの中にタンパク質を入れて反応させるだけなので、あまり考えずにある一定の条件でできるメリットがあります。精製したタンパク質が機能未知の場合に、この方法により機能を解析できるだろうという目算です。

─どのようなタンパク質でも簡単にできるのでしょうか?

 どうしてもin vitroでは精製できないタンパク質もあるので、そういうものは対象外です。でも、酵素には精製できるものがたくさんあるので、今回のように酵素をターゲットにする場合には有用な手法だと思います。

─対象生物種としては?

 今回はメソッドの確立という目的が第一義的にあったので、大腸菌を使いました。ご存知かとは思いますがIABにはアスカクローンという大腸菌の全クローンがあり、そこからぽんぽんタンパク質がとれるので大腸菌で実装しました。

─基質の変化が見られなかったもの中に、まだ酵素が残っている可能性は?

 あると思います。使ったメタボライトの中に基質がなければ当然反応しないので、そのような基質を使う酵素は見つけられません。また、CE-MSで測定して基質の変化を検出していますが、イオン性物質に限られるので検出できない物質もあります。それらについては酵素反応が起こって基質の変化があったとしても検出できていない可能性があります。

 また、今の条件だとタンパク質一個ずつでやっていたので、複合体を形成するものも対象外になります。これを考慮して手法を展開するなら、複合体になりそうなものは一緒に酵素反応を行うという系も考えなければいけません。

 これまではさらっと一遍通りのメソッドでやっていたのですが、もしも今後さらに展開するならある程度ターゲッティングな方法をとることで効率があがると思います。

─CE-MS測定の再現性はかなり良いのでしょうか?

 再現性はとれていると思います。CE-MSの測定に関しては、技術員さんや機械に詳しい方が、基盤となる基礎データをたくさんとった上で機械の設定を良いところでフィックスしてくれています。そういう多くの人達の努力があって正確な測定を行なうことができます。

─新しいテーマとしてはどのようなことを考えているのですか?

 IABにくる前にも代謝に関する研究に携わっていて、生物の代謝にはとても興味をもっていました。噂には聞いていました が、この研究所に来てメタボローム解析の技術には驚きました。それを利用して最初にやった仕事が先ほどお話したことですが、もっと色々なことができるかなぁと考えています。この研究所が得意とするものと自分の力を発揮できる分野をよく考えて次のテーマを考えています。今は、代謝のダイナミクスを研究するための準備をしています。対象は、比較的自由に実験的な細工を行なえるバクテリアが適当だろうと考えています。

─研究の道に足を踏み入れて一番初めに手がけた研究は何ですか。

 私がいたのが比較的実質的な学部だったので、卒業後は就職する人がほとんどで大学院にいく人はわずかでした。私は当時研究に全く興味がなくて就職する気満々だったのですが、4年時に入った微生物学研究室で放線菌がつくる抗生物質生合成の研究の一端をちょこっとやらせても らって、それが楽しかった。生合成遺伝子をゲノムからつってきて、同定して、塩基配列決定した、というのがいっちばん最初にやった研究です。

 それで終わるはずでしたが、就職試験に落ちましてですね(笑)国家試験の後でいいやって結構のんびりしていたら、研究室でたまたま教授の移動があってポストが空いて、そこに残りませんかという話になった。就職も決まっていなかったし、研究自体も面白かったので、じゃ、やってみますという感じで残りました。そこでは研究助手みたいなポストでした。結局そこで3年やって、そのうちに方向転換したくなって、そのためには博士課程にいかなくちゃ、ということになって、試験受けて、入って、という感じです。そこからが研究の道ですかね。

─それで博士もそのままつづけて。

 その大学の博士課程に入学して、つくばの食品総合研究所で博士課程の研究を行ないました。そこはかなり刺激になりましたね。いろいろな考え方に対する影響力は大きかったし、勉強にもなりました。

 その時その研究室で、何十億というすごく大きいプロジェクトをとっていたので、研究を仕事とする人がたくさん集まっていました。主任研究員がいて、ポスドクの研究員が部屋に十数人いて、私と同じようなポスマス研究員がいて。自分より先輩で、専門分野もまちまちのポスドク研究員がたくさんいたことがかなり刺激になりましたね。

─そのプロジェクトは何をしていたのでしょうか?

 リボソーム工学・・・長い名前なんですよ (笑) 要は、リボソームの機能解明のためのプロジェクトでした。リボソームを改変すると生物の機能が変わります、という現象に関する内容でやっていました。それも放線菌だったのですが、抗生物質をたくさんつくるようになる現象があって、その変異はどうやらリボソームタンパク質にある、という背景がありました。私はそのプロジェクトの一端で、放線菌が抗生物質をつくるメカニズムの研究をやっていました。

─この時は本当に困った、ということはありましたか?

 ドクターのときはやはり期間内に博士号がとれなきゃ嫌だっ!という焦りがありますよね。3年でとれなさそうだというときにはかなり焦りました。結局オーバーしちゃったけれど。博士課程で新たに始めたテーマで、基礎的なこともかけていたにもかかわらず3年でとれると考えていたことが甘かったのですね。博士課程での研究は、生物まるごと扱って表現型を解析したりすることが多かったのですが、あるとき使っていた変異株がおかしく なってしまっていることが判明したときにはすごく困りました。一度作った菌株がおかしくなることなんて考えてもいなかったので、泣きたくなりましたね。生物を扱う難しさを実感した瞬間でした。

─特に生物種に対するこだわりはありますか?

 こだわり、というほどのものは特にないですが、菌なり生物なりが変わったときには、一から勉強しないといけないですよ ね。私は大腸菌しかやりません!ということはないですが、他の生物の場合一から勉強して最初は熟練している人に学んでやらないと難しいですよね。でも他の生物も扱いたいと思います。微生物が結構好きなんですよ。顕微鏡で微生物みたことあります?そういうのを見ると感動しませんか?

─培養細胞とかみているのは楽しいですね。

 私が一番初めにみたのは微生物でした。大学の微生物学実習で微生物をグラム染色して顕微鏡でみるのですが、えらく感動しました。微生物を面白いなと思ったのはその時かな。

篠田裕美助教

─どのような研究ポリシーをお持ちですか?

 今は何事も自分でやりたいですね。ドクターをとってからすぐここ(IAB)に来たので、まだ研究経験も浅い方ですし。年代や経験が加われば研究スタイルは必然的に変わってくるものだと思いますが、今の段階では全部自分で経験してみたいです。

 ただ、メタボロームでもプロテオームでも扱う対象がたくさんのものだと膨大なデータが出てくるので、全部自分でやろうとすると破滅しますよね。それでも一通りは自分で手を動かしてやってみないとイメージできないです。まだまだ経験が浅いということです。

─欠かせない日課や趣味はありますか。

 毎日晩酌することくらいかな。でもそれって毎日ご飯を食べることと同じだから日課とは言わないね。珍しい日課はないなぁ・・・山に登るのは好きだけど趣味というほど頻繁に行くわけでもないし、休みの日には引きこもっていることが多いかな。録ったDVDをみたりとか。

 あまり思い詰める性格ではないので、特別にリフレッシュしなくても日々ストレスがたまるということはないですね。

─中学・高校の頃には何になりたいと思っていましたか?

 周りに医療従事者が多かったこともあったのだと思いますが、医療方面に興味があったような気がします。中学の時には、積極的に会話をすることが苦手なので営業的な仕事は無理そうだ、くらいしか考えてなかった。高校後半の頃に薬学部に行くことに決めて、薬剤師になるのが一つ の目標でもありました。望み通りに大学は薬学部に入って、将来薬剤師になって活躍していこう!なーんて思っていたのに、かれこれあってその仕事はまだやっていないです。

─IABに来てなにか印象的なことは?

 ここの研究所に来て刺激になったことは、学生さんでしょうか。SFCって普通の理系で育ってきた人間にとっては一風変わったシステムだし、学生も個性豊かな方が多いじゃないですか。そういう学生達と研究でも研究以外でも接してみて刺激になりました。大学の授業や環境と いった教育システムが自由で変わっているので、考え方が全然違いますよね。私が大学の時にはほとんどが必修の授業で与えられた課題をこなすというスタイル でしたが、ここは自分で好きな授業をとってよいけれど、かなり自己負担や責任が大きいようにできていますよね。

 インフォマティクスの学生さんが何を思うかというのはすごく刺激になりましたね。今では鶴岡に来て実験をやっている学生も大分いるけれど、考え方が色々違うから勉強になります。データ処理にしても、私はたくさん量があってもついつい地道にやってしまうのね。それを一生懸命早くやろうとがんばっちゃう。そのうちこなれてくるとできるからまぁいっか、と思ってしまう。でも、たった5つでも面倒くさいと思う人は、工夫して楽にやろう、ということになるでしょう。ここの学生さんは何とか一発でできないか?という発想になる人が多いですよね。最近は私もなるべく苦労しないで出来る方法を考えるように心がけているのですが、いけない、また一個一個やっちゃった!ということがあります。

 学生と教員の距離が近い、ということが良い意味で印象的です。

─それでは最後に、将来の展望をお聞かせください。

 一つのことを極めたい、というか得意なものを持てるようになりたいです。もちろん仕事や職場が変わればそこのポリシーにあったことをしなければいけないけれど、それ以外にも自分のライフワーク的な研究を見つけていきたいなと思っています。地味でもいいのですが、「私はこれができます」ということを見つけていきたいですね。

─どうもありがとうございました。

(2007年11月8日 インタビューア:小川雪乃 編集:西野泰子 写真:増田豪)

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