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中東憲治准教授

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中東憲治准教授

─現在の研究について教えてください。

 基本的には、大腸菌を使っていろいろなことをしたいと思っています。なぜ大腸菌を使うかというと、単純で扱いやすいからです。一時期は植物をやっていましたが、植物では次の世代の仕事は3ヶ月先になってしまうので、本当にきっちりと何年も前から実験計画を立てておかなけれ ばなりません。それならば、もっと速いスパンで研究ができる方がいいと思い直しました。

 初期の分子生物学は生物に共通する性質を解き明かそうという動機から始まりましたが、幸か不幸か、現在はいろいろな人がいろいろなことをやっていて、全体が見通しにくい状況です。そこで、ある程度はその生物に特化していても、生物学全体を俯瞰してわかりやすそうなことをやりたいと考えています。特にこの研究所(IAB)でしかできない、生物学の様々な分野の分析的な部分に取り組んでいきたいです。

 具体的に申しますと、ひとつには大腸菌の遺伝子ネットワークの解明ですね。いまだに大腸菌の40%もの遺伝子の詳細な機能がわかっていません。その40%のうちのいくつかでも機能を知りたいということがまずあります。また、ある遺伝子の機能がわかっていると思っていても、 それはきっとその遺伝子がやっていることの一部でしかありません。だから、いろいろなミュータントを作ってその性質を調べ、それら同士の相互作用を調べていくことで、細胞の中でその遺伝子が実際には何をしているのかを見てみようと試みています。私達が使っている遺伝子の二重欠損という手法は、欠損株を様々な側面から調べる上で非常にアプローチしやすい方法だといえます。

 さらに、いまだに機能がわからない遺伝子がいくつもある理由のひとつとして、僕らが大腸菌をラボの環境でしか見ていないことが指摘できます。もともと野外で生きていたものだから、いろいろな条件にさらされた時に初めて必要になる遺伝子をいっぱい持っているはずです。 現実世界に生きていくにはどういう遺伝子が必要なのかという観点は面白いのですが、そういう遺伝子の機能を探すのは結構難しいことです。様々な環境条件をラボでつくるのは困難な部分もあるし、特殊な条件でしか働かない遺伝子は万人が興味を持つものでは必ずしもないので、わかりやすいところというより、やりやすいところからだんだん解明されていく傾向があります。でも、いろんな環境での必須性も解析していきたいですね。

─研究者となるきっかけになった出来事についてお聞かせください。

 昔から鳥の観察とか、そういう生物学的なことはずっと好きでした。現在のような分子生物学の研究者になろうと思ったきっかけは、中学生のときに友達から薦められて読んだ小松左京の『復活の日』という小説です。ミクロ系のバイオロジーというか、遺伝子が変化すると生物がこんなふうに変わって・・・というような内容があって、それを研究する分野が非常に面白いな、と思ったのがこの分野に興味を持った一番最初のきっかけですね。

─最初になさった研究テーマは?

 学部生の当時入った研究室では葉緑体のゲノム解析をやっていました。それまでにウイルスゲノムなどは解析された例があったのですが、いわゆる生物のゲノム解析はまだありませんでした。葉緑体はもともとひとつのバクテリアだったということで、少なくともかつては生き物だったものとして最初にゲノムが解析された例でした。この仕事の一部を担当したのが初めての研究テーマです。だから、わりと最初からゲノムと関係していたんですね。

 植物への興味はその頃から多少はあったと思います。今、バイオロジーはどうしても人間の方へ向いていると言えますよね。 でも、生き物好きとしてはそれがあまり面白くなくて、生物学はあくまでも生物学だから、ヒトじゃない方でなるべくやりたいな、という思いがあります。対象がヒトだと、ヒトにスペシフィックなことを追い求めるじゃないですか。すぐにヒトに結びつかないから生物学の対象としては面白くない、という考え方があまり好きではないですね。自分自身を知りたいから、ヒトについて探求したいという人が多いのはよくわかるし、それはそれで大事なきっかけだし動機だと思うからそれを否定するつもりは全然ないです。ただ、僕の興味としてはヒトじゃなくて生き物全般なんですね。

─生物ってこうなんじゃないか、っていう感触はありますか?

 みんな考えていることだとは思うのですけれど、『環境に対応するために今できること』を積み上げてきたのが生物ですよ ね。例えば(生体内ネットワークにおける)バックアップ経路というのは実はバックアップのためにあるわけではなくて、本当は別の機能の為にあったりするの ですけど、たまたまバックアップとしてつかえるから一応それを持つことが有利になっている。これも生物らしさのひとつですよね。

─ずっとウェットの世界におられて、ドライではどういうことがわかったらいいな、と思いますか?

 大量のデータが出てきたときに、細かいところなら自分で考えればいいのですが、データが多くなればなるほど難しくなるので、そういう部分をカバーできたらと思いますね。

─お話をうかがっていて、現在は見ることができないけれど進化の中途段階には存在したかもしれない(遺伝子ネットワーク)経路をシミュレーションで推定できたら面白いのかな、と思ったのですが、そういうことは可能でしょうか。

 『以前はどうだったのか』ということがわからないのが辛いところですよね。大腸菌の中に『死んだ』遺伝子がかなりあることがわかってきています。突然変異が起きて途中でORFが削れていたり、トランスポゾンが入っていたりして。そういう変異をちょっとずつ直していけば昔の 大腸菌の遺伝子ネットワークがある程度、本当にちょっとずつではあるけれど、わかってくると考えています。このレベルであれば、近縁の種類はどうなっているかをみれば、もとはどうだったかというのがわかると思います。

 現在、多くの研究グループが、遺伝子を削っていって必要最低なセットは何か?ということを調べています。それも面白いのですが、現時点では、遺伝子を削っていったときに何が起こるか、あまりにもわからなさすぎるのですよね。遺伝子操作を利用してモノをつくるという場合であれば、ラボの大腸菌は野生の遺伝子を失っている可能性があるので、今は失ってしまったけれど元来は持っていた遺伝子を復活させていったほうがかえって良い ことがあるのではないかな、って思いますね。野外では置かれた状況で見つけたいろいろな栄養源をちょっとずつ使っていきますよね。ラボで育っていたらずっと同じ環境なので、大変な状況でしか必要なかった遺伝子から欠落していくはずです。

─今後の展望をお聞かせください。

 単細胞生物の仕事で生物の姿を明らかにしていきたいですね。将来的に、もし植物をやるならば、発生についてなど、植物でしかできないことをやりたいです。

─日々の生活におけるこだわりは?

 生活の基本が研究することなので、もしもやりたいことがあったらむしろそっちを優先させていますね。ちょっと遊びに行きたいとか、鳥を見に行きたいと思ったら行きます。ここ(庄内地方)は鳥を見るにはすごくいいところで、ちょっと出かけたら雁が見えたりします。冬だったら白鳥の他に雁が結構渡ってきているんですよ。秋には鷹の渡りを見に行ったりします。そういうのは年にちょっとの間しか機会がないですからね

─フィールド系ですね?

 外に出るのが好きな人にとっては、IABは研究もできるし自然も楽しめるのがいいところですよね。

 同じ研究を続けるにしても、いろいろな環境を見ておくことは必要ですよね。今は海外に行くのは普通だし、違うラボを経験するのは大事だと思いますね。わりと職を転々としているので、いろいろなラボをみてきましたね。

─ここのラボはインパクトが強かった、というところはありますか?

 HSP研究所という今はもうない研究所ですけれど、厚生省と製薬会社が共同で、7年間という期限付きでヒートショックタ ンパク質の研究をするために作った研究所でした。僕もそうですが直接雇われた研究者が10人位で、製薬会社4社からも研究者がやってきて、いろいろな出身や分野の方がいました。僕らはバクテリアをやっていたけれど、ヒト、酵母、培養細胞、ノックアウトマウス、という感じで本当にさまざまな分野があって、一 方で研究者は全員で20名程度なので全員でディスカッションできるサイズだったからいろいろな分野のやり方も学べたし、会社のカラーの違いもよくわかったし、面白かったですよ。初めから7年という期限付きでしたから、みんなそれなりの自覚を持って研究しているのも良かったです。

─アプローチが違うと、考え方も全然違いますか?

 そうですね。それこそ、インフォ系と実験系とではかなり考え方にズレがあることがよくわかると思うけれど、それだけじゃなくて、遺伝学的なやり方(僕ら)と金井さん(金井昭夫教授)のような生化学的なやり方でもやっぱり全然違います。ここまでわかっているけれど、次に何しよう、という時に全然違った考え方になります。それが面白いです。

─HSP研究所ではそのへんもすりあわせて?

 自分自身のテーマは自分で決めるのですが、他の人のテーマに対しても、その人がどう考えてやるかっていうのもわかった上で、それに対して自分の意見をしっかり言うことができる環境でした。

─IABはいろんなことをやっているので、いろいろすぎてわかりにくくないですか?

 もうちょっと小さかったらもっと全体が見通せるかと思いますけれど、でも、このサイズなら、無理じゃないと思います。なるべくいろいろな人と話をするようにしていて、それで、一緒にやれることは一緒にやりたいと思っています。

─本日はどうもありがとうございました。

(2007年11月8日 インタビューア:小川雪乃 編集:西野泰子 写真:増田豪)

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