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伊藤卓朗研究員

伊藤卓朗研究員
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─現在の研究について教えてください。

 微細藻という、顕微鏡をつかわないと見えないくらい小さな、水中に生息する単細胞植物を使って研究をしています。私がつかっている藻の特徴は窒素栄養がなくなった時に大量のオイルを蓄積することで、細胞の中にオイルが増えていく様子が顕微鏡を通して観察できます。IABの私たちのグループは一度にたくさんの代謝物質を解析すること(メタボローム解析)が得意なので、その技術を生かして、藻がオイルを蓄積する代謝メカニズムを研究しています。

 例えば、まず、この藻を普通に培養し、さかんに増殖しているときに代謝物質がどのような状態にあるかを調べます。その 後、栄養のない環境に変えると藻がオイルをつくりはじめるので、時間とともにどのように代謝物質が変化していくかを調べます。特に、エネルギー代謝を中心とした一次代謝物質とオイルなどの脂溶性物質に注目して、この藻がオイルを作っているときに細胞の中でなにが起きているのかを明らかにする事を目指しています。

 今は窒素栄養をなくすことによってオイルを作らせていますが、このメカニズムが明らかになれば、他の刺激でも効率よくオイルを作らせることが可能になると考えています。また、オイルの産生効率を品種改良によって高めるための手がかりも得られるでしょう。

─そのオイルというのは普通に工業利用することが可能なものができているのでしょうか?

 今、私たちも解析中なのですが、共同研究先のデータによるとオイル成分のひとつは燃料として直接使える炭化水素であり、軽油の主成分と同等の物質を蓄積していることが明らかになっています。

─微細藻類というと、植物性オイルですか?

 いい質問です。炭化水素以外の主なオイル成分は植物油です。これについては、すでに実際に増えていることをメタボローム解析で確認しました。植物油といっても、市販されているものだけでもオリーブ油・紅花油・ナタネ油・大豆油などたくさんありますが、これらは成分が少しずつ違います。何が違うかというと、化学組成の炭素鎖の長さが違ったり、そこに付いている二重結合の数や位置が違ったりします。さらに、3本ある炭素鎖の組み合わせもさまざまなので、その組み合わせと割合で油の種類が異なるのです。そのため、この藻がつくる植物油にはどのような成分が多いのか、また、培養条件によってオイルの質が変化するのかなどについても試験しています。

─窒素がないということは、アミノ酸の代わりに作られるような形でオイルが産生されているのでしょうか?

 そういった一次代謝からオイル産生への代謝の流れは、とても興味深いです。栄養がなくなると細胞分裂がかなり抑制されます。普段はどんどん光合成をして栄養を取り込んで増殖していますが、栄養がなくなるとこれまで増殖に使っていたエネルギーを使ってオイルを作るのではないかと推測しています。

伊藤卓朗研究員

─このオイルは何のためにできているのでしょうか?

 人間はいっぱい食べられる時に脂肪をたくわえて飢餓状態のときに使いますが、藻は飢餓状態になったときにオイルを作ります。まったく逆なので、想像するのが難しいです。しかし、多くの高等植物は、タネに貯蔵効率がよくエネルギーを取り出しやすい油を蓄積して、発芽に必要な大量のエネルギー源として利用していると考えられています。

 これをヒントに考えると、藻は栄養がなくなったときになるべく代謝を行わないようにして、エネルギー消費を少なくすることで余ったエネルギーをオイルとしてたくわえる。そして、この状態で我慢して、環境が良くなったときにそのオイルを使っていきおいよく回復するのではないでしょうか。あくまで想像なので正しい答えは藻に聞いてください。(笑)

─窒素がない状態から、また窒素がある状態に戻るとどうなりますか?

 細胞の中にたくわえられたオイルは徐々になくなっていきます。

─このオイルを産生する微細藻類というのは、これまでに多くの種類が見つかっているのでしょうか?

 はじめにお話ししたように、オイルには主に炭化水素と植物油の二つの成分が含まれています。炭化水素をたくわえることが確認されている微細藻はめずらしく、私たちが使っている藻の他にボツリオコッカスが知られています。植物油のみをたくわえる藻はより多く知られていて、栄養を遮断する必要のある藻の他に、普段から植物油をたくわえている藻も知られています。

─初めて持った研究テーマはどういったものだったのでしょうか?

 私はここ、鶴岡の鶴岡工業高等専門学校(高専)を卒業したのですが、そこで初めて卒業研究を行いました。なにかの縁かもしれませんが、そのときにはボルボックスという藻の細胞死に関係する遺伝子の探索がテーマでした。

 その後編入した弘前大学農学部では、ミヤコグサというマメ科のモデル植物を扱いました。マメ科植物は根にコブを作り、土の中にいる根粒菌を共生させることにより大気中の窒素を栄養として使うシステムをもっています。オイル産生の研究でも窒素栄養がキーになっていますが、窒 素栄養はアミノ酸合成にも含まれる生物にとって非常に重要な物質です。そのため、根粒菌との共生を制御できれば、ダイズをはじめとするマメ科作物の生産性向上につながると考え、共生の場であるコブを作り始めるときに働く遺伝子をいくつか探し出して、その機能について解析を行いました。

 さらにその後、大学院は東北大学の生命科学研究科に進学し、単子葉植物、主にアスパラガス(アスパラ)の研究をしていました。日本でもたくさん生産されているので、みなさん食べたことがあると思います。最近は高校の教科書にも載っているようですが、花には"ABCモデル" という主に3種類の遺伝子の組み合わせによって花の構造(がく・花弁・おしべ・めしべ)が決定される非常にきれいな法則があります。しかし、被子植物は単子葉植物と双子葉植物に大きく分類されます。そして、ABCモデルは双子葉植物のアラビドプシス(注:Arabidopsis thaliana, シロイヌナズナ)の研究から提唱されました。ところが、単子葉植物には「がく」という器官はありません。ユリやチューリップをみると外側も花弁(花びら) になっているのが分かります。アスパラもそういう形をしているので、「がく」のないアスパラでは遺伝子がどのように発現しているのかを研究していました。

 それに、花としては商品価値のないアスパラですが、おもしろいことに個体毎にオスとメスがあるのです。オスの個体はめしべの発達が抑制されていて、おしべしか機能していない。逆に、メスの個体はおしべが退化していてめしべしか機能していない。ただ、同じ属の中でもその性が分かれていない種もあるので、分かれている種といない種で花の形を作る遺伝子がどう変化しているのか、ということに興味を持ちました。また、それまでの研究からアスパラの性決定は染色体中の一遺伝子座、つまり一カ所で決まっている可能性が高かったので、一つの遺伝子に由来する可能性が高いと考えて、私も中心の一人となってアスパラのゲノムライブラリーを作って性を決定する遺伝子を探しました。いくつか性決定遺伝子をふくむ可能性のある断片を見つけました が、結局それはまだ実を結んでいません。しかし、ひとつの大きな挑戦をすることができたと感じています。また、これとの関連で、オスとメスがある種と区別がない種を交配して雑種を作ることが可能か、そして、種の系統関係と雑種交配の成否にはどのような関係があるのか、という研究もしていました。

─植物に興味をお持ちのようですが、なにか思い入れがあるのですか?

 研究者になること決めたのは高専の4年生の頃で、その際に、将来どんな研究をしたらよいかを考えました。生まれ育った鶴 岡は江戸時代から釣りがさかんで私も海になじみが深かったので、初めは海洋生物学でおもしろい研究を探したのですが、海は広すぎるし(笑)、研究している 機関が少ないので、社会に役立つという実感を持って挑戦したいと思う研究を見つけることができませんでした。ちょうどそのころ、テレビか何かで、山に植林をして山をゆたかにするとその養分が海に流れていって海もゆたかになるという話を聞いて、海も山もつながっていることを知り、それからだんだんと山とか、 森林とか、それを構成するそれぞれの植物などを研究したいと思うようになりました。

─強く印象に残っている出来事や人物はありますか?

 今までお世話になってきた大学の先生や研究室の仲間、先輩、後輩などから多くの影響を受けたのですが、そのなかでも大学院で出会った、植物の分類や多様性を研究していた先輩が強く印象に残っています。彼は同じ研究室のポスドクで、よく植物の進化と多様性についての話をしま した。ちょうどその頃は、シロイヌナズナに続きイネのゲノム配列が明らかになり、モデル植物での遺伝子レベルの研究の話を聞く機会が多かったのですが、最先端の研究成果が他の植物ではどのようになっているか議論したり、なぜそのように進化したのかを推測したりしました。たとえば花は、花粉を運ぶ昆虫や鳥に あわせて形や咲く時期などを変えながら、種を増やしたり進化したりしてきたと考えられています。こういったことについて議論することにより、特定の植物のわずかな遺伝子について研究していると狭くなりがちな視野を広くたもち、初心である「自然への興味」を再認識することができました。

─IABに来てどうですか?

 IABには博士号をとってすぐの4月に着任しました。それまでいた研究室は、ちょうど研究センターから大学院へと改組さ れ、大学院生が大幅に増えたところだったので、かなりせまくて物が廊下まであふれているという状態でした。消防法を遵守するためになんども実験室の模様替えやかたづけをして大変だったことをよく覚えています。おかげで、実験室のレイアウトについて勉強することができました(笑)。 今は十分なスペースを実験に使えるのでとても作業がしやすいです。

 もうひとつ特徴的なのは、ここにはいろいろな分野の人がいて、独立してテーマを持っている人が多いので、これまで接することの少なかった分野のさまざまな研究者と情報や意見をかわすことができることです。これはとても刺激的で楽しいです。

─他に面白そうなテーマはありますか?

 微細藻はとても小さな単細胞生物ですが、細胞の構造はりっぱな植物ですので、葉緑体ゲノムを枯草菌の中に集積してそのなかで自由に遺伝子セットを組み立てて形質転換に利用する、という板谷さんを中心に開発された技術を、効率よくオイルを作る藻の開発に応用できるのではないかと期待しています。

─日々のこだわりやライフスタイル、趣味について教えてください。

 定期的にやっている決まったことはないのですが、学生が中心となって企画してくれているスポーツクラブにはなるべく毎週行くようにしています。体を動かすことが好きですし、体力勝負の研究をすることもあるので、健康には気をつけています(笑)。

 また、そば打ち体験やロッククライミングから美術鑑賞、講演会などまで、なんでも興味を持ったことやおもしろそうだなと思ったことは体験してみるようにしています。特に学生の頃は情報をどんどん仕入れたかったので、学生団体に参加して異分野融合やベンチャービジネスなどの勉強会を開いていました。さらに学生の強みを生かして、新しい概念でスピーカーを作っているベンチャーの社長さんや大学からの技術移転を担当している人、 分野は違うけれどユニークな研究をしている先生などを招いて講演会を主催したりもしました。もちろん講演会の後には交流会を開いて、お酒を飲みつつ自分が知りたいことをたくさん質問することができました。自分から会いに行くことも多くて、それが続くと学生なのでお金をやりくりするのが大変でした。でもそのおかげで、今では全国にいろんな知り合いがいて、現在の研究についてもそれぞれ得意な分野からアドバイスをもらえるので、人のつながりの重要性を身にしみて感じています。

 博士課程を終了してすぐに鶴岡に戻ってきましたが、就職するときにはいろいろな研究室を見てまわりました。

 そして、将来どのような研究ができるか考えたときに、一番アイディアがひろがったのがメタボローム解析を使った研究で、 冨田さんも曽我さんも自由にやっていいと言ってくれていたので、これまでの研究から分野が大きく変わるけれど、IABでメタボローム解析を応用した新しい研究を立ち上げてみようと思いました。

 それともう一つ、私は実学である農学や工学を通して植物について学んできたので、農業や自然、森などを実際に見つめて、 ちゃんと自然の偉大さとか不思議なところだとかを肌で感じて、その上で社会に役立つ研究を行いたいと思っていました。実際の研究対象が、代謝物質や遺伝子といった分子の小さな器官でのふるまいだったとしても、自然の中でそれがどのような意味をもつかを意識することを忘れてはならないと考えています。鶴岡は、海も山も自然がゆたかで、農業作物も豊富です。自分で畑を耕そうと思えば協力してくれる人もたくさんいます。

 実際、実家の庭と親戚の土地に小さな家庭菜園を作っていて、そうすると農薬を使わないとどうなるか、とか、ずぼらで手間をかけていないから(笑) 目に見えて虫や鳥に食べられたりするし、今年は去年よりそだちが悪いのはなぜだろう? という疑問も出てくる。これからも、先端科学と自然の奥深さをバランスよく感じながら研究していきたいと思っています。

─そういう畑にちょっと出るのも趣味ですね。どういったものを育てているのですか?

 お気に入りは、ピクニックコーンというトウモロコシの一品種で、小さいけれどもとても甘い品種です。

 これは学生の時に知り合った人の会社で作った品種で、鶴岡に戻った最初の年はサンプルとしてタネをもらったのですが、とても美味しかったので次の年からは売っている場所を探してちゃんと買っています。他には、同じ会社で作った調理用のトマトや、一般的なナスやピーマンなどを植えています。

─自分で作った野菜を食べるのは素敵ですね

 植えた後はあまり手入れしてないのですが、それでも自分で育てるとおいしく感じますし、味見をしながら食べごろを見極めるのも楽しいです。

─海外で研究されるご予定は?

 就職するときに選択肢の一つとして考えていて、おもしろいアイディアや共感できるコンセプトを持っている研究室があれ ば、海外に行きたいと思っていました。しかし、今は藻の研究に大きなやりがいを感じているので、今の研究で成果を出すことに集中しています。今後、海外にしかない技術が必要になったり、一緒に研究することによって大きな発展が望めるアイディアがあれば、海外に行くと思います。

─今後の展望を教えて下さい。

 現在を1番大切にしているので、過ぎたことや遠い未来のことはあまり深く考えていません。とにかく研究もふくめて人生をめいっぱい楽しむためには、今なにをするべきかを意識しています。

 現在取り組んでいるテーマに関しては、なるべく早い段階で先端科学と産業応用を橋渡しする成果を出したいと考えています。つまり、効率よく藻にオイルを作らせるためにはどうすればよいか、という問いに対する答えを見つけることを目指しています。

 また、今はひとつの種についてのみ代謝メカニズムの研究を進めていますが、植物の多様性や、生物間での共生・共存に興味があるので、これまでのノウハウを生かして他の藻についても研究を始めたいです。さらに、多様性の大きな微細藻類は、さまざまな工業用物質や機能性成分などを光合成によって作りだす、環境に優しい生物工場となる可能性を秘めていると考えています。将来的には、オイル以外の成分についても研究してみたいと思っています。

─どうもありがとうございました。

(2007年11月9日 インタビューア:小川雪乃 編集:西野泰子 写真:増田豪)

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