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福田真嗣特任教授

福田真嗣特任教授
福田真嗣特任教授

※以下の記事は2012年当時の内容です
─現在どのような研究テーマに取り組まれているのでしょうか。

 私たちのおなかの中に生息している共生細菌について研究をしています。人間の体は約60兆個の細胞によって構成されてい るのですが、実はその数を遙かに凌ぐ100兆個もの共生細菌が私たちの腸内には住み着いているのです。したがって、私たち人間を正しく理解するには、そういった共生している細菌も合わせて認識することが必要だと考えています。ヒトも、共生細菌も、どちらかだけでは生きられず、両者が密に関わり合うことで super organism(超有機体)を形成しているのです。このようなヒトと共生細菌との関わりをシステムとして捉え、予防医学や健康科学の見地に立った腸内環境システム学の確立を目指した研究をしています。

 腸内共生細菌はヒト一人の腸管内に1,000種類あまり存在すると言われていて、これらがある一定のバランスを保ちながら恒常性を維持しているのですが、最近の研究では、外界からの様々な刺激や外部ストレス、老化などの影響でそのバランスが破綻すると、肥満や糖尿病、アレ ルギーやがんなどの様々な疾患につながることが知られています。そこで、病気になる前、すなわち予防医学という観点から腸内共生細菌叢を良い状態に保つことが、私たちの健康を維持する上で非常に重要であると考えています。極端な話、病気にならなければ、病気を治療する技術というのはそこまで発達しなくてもいいわけです。

 しかし難しい点は、みなさんが日頃健康をあまり意識されていないということです。病気になった段階で、初めて病気を治して健康状態に戻ろうとするのです。

 特に若い人で普段の生活の中で自分を健康に保とうと考えて生活する人はほとんどいませんよね。しかし、若いうちから健康状態を保つということが、先々病気にならないことに対して非常に重要だと考えていますので、腸内環境を良い状態に保ち続けるにはどのようにすればよいか、 すなわち腸内共生細菌叢をコントロールする技術の確立というのが私の研究テーマの一つになっています。

─具体的にはどのような研究をされているのでしょうか。

 いくつかのプロジェクトを進めていますが、一つ例をあげると、ある種のビフィズス菌は果糖をエネルギー源として利用するための糖のトランスポーターを特異的に発現しているため果糖を代謝できるのですが、そこから産生される酢酸が宿主側の腸管上皮細胞に作用することで腸管の バリア機能を高め、腸管出血性大腸菌O157感染を防ぐことを発見しました。O157に感染すると腸管で炎症がおきるのですが、その炎症により腸のバリア機能が低下して、O157が産生する毒素が体の中に入り込み、宿主は病気になってしまいます。しかしながら、感染を予防できるプロバイオティックビフィズス菌はこの糖のトランスポーターを持っているので、腸管内で酢酸を産生することでO157の感染を予防することができました。この研究成果は、これまで現象論に留まっていたプロバイオティクスとよばれるいわゆる善玉菌の摂取効果を、遺伝子レベル・代謝物レベルでそのメカニズムの詳細を明らかにした本研究分野の先駆け的な研究成果になります。

 もともと私は大学院では、腸内共生細菌の遺伝子改変により生理活性物質をたくさん産生させる株の作出を目指した研究をしていました。結果的に生理活性物質をたくさん産生する遺伝子改変株を作出することは出来たのですが、それが腸管内でどのように作用するかは、生体側の研究をしないとそのメカニズムが分からないと思いまして、生体と腸内細菌との相互作用に関する研究がしたいと思っていました。そこで、学位を取得した後に理化学研究所の大野博司先生の元へ飛び込んで行きました。大野先生は粘膜免疫という腸の免疫システムの研究を行っていらっしゃったので、粘膜免疫システムと腸内細菌との相互作用に関する研究ができないかとお話をさせていただいたところ、腸内細菌学のバックグラウンドを持つメンバーがラボにいなかったためか、面白いと思ってくださったようでそこから研究が始まりました。

 無菌マウスという腸管内や生活環境中に菌が存在しないマウスにO157を経口感染させると一週間くらいで死んでしまうの ですが、プロバイオティックビフィズス菌をあらかじめ定着させておくと、O157を感染させてもマウスは生き延びます。一方、成人の腸管内から多く検出されるタイプのビフィズス菌はあまりプロバイオティクスとして用いられていないのですが、この種類のビフィズス菌を無菌マウスに定着させてもO157感染予 防はできませんでした。したがって、同じビフィズス菌と言ってもその種類によって効果が異なるということが分かりました。これまでビフィズス菌や乳酸菌は体にいいと言われていましたが、その根拠の多くは疫学的な調査に基づく現象論であり、何故体にいいのかについての分子メカニズムは不明な点が数多く残されたままでした。

 そこで同じビフィズス菌の中でもO157感染を予防できるものとできないものを用いて詳細な比較解析を行えば、少なくと もこのO157感染予防系において何が実際に機能しているのか、すなわち宿主-腸内細菌間相互作用の分子メカニズムを明らかにすることができるのではないかと思い、この実験モデルの解明に着手しました。

 こういう実験モデルにおいて最初に想像できたのは、プロバイオティックビフィズス菌が腸内に定着することによって、 O157がその後感染しても腸管内から排除されてしまうという可能性や、腸管内で産生するO157の毒素産生量を抑制するなどのメカニズムがあるのではないかということでした。しかし、実際に調べてみるとそうではなかったのです。マウスがO157感染後に生存する場合も死んでしまう場合もO157の腸管内での生菌数はほぼ同じであり、さらに毒素の産生量もほとんど同じでした。それにもかかわらず、死んでしまうマウスでは生き残るマウスと比べて血液中の毒素の量が10倍も高いことが分かりました。マウスはO157が産生する毒素で死ぬことは分かっていましたので、プロバイオティックビフィズス菌がマウス腸管に作用することで、O157が腸管内で産生する毒素の血中への侵入を、プロバイオティックビフィズス菌が何らかの形で防御しているのではないだろうか、と いうのが最初に得られた実験結果からの考察でした。

 次にマウス大腸の病理切片を作製して調べて見ると、O157感染で死んでしまうマウスでは結腸で炎症が起きていましたが、プロバイオティックビフィズス菌の存在によりO157感染後も生存できるマウスでは、その炎症が起きていないことが分かりました。

 なぜプロバイオティックビフィズス菌が腸管内に存在すると、O157感染によって生じる炎症を予防できるのかについてい ろいろと調べたのですが、最初はよく分かりませんでした。ちょうどそのころ、私が行っていた別な研究プロジェクトで腸内細菌が産生する代謝物の研究をしていたので、腸管内でプロバイオティックビフィズス菌が産生する代謝物に着目し、代謝物を網羅的に計測できるメタボローム解析を行いました。感染を予防できるビフィズス菌と予防できないビフィズス菌を定着させたマウス糞便中の代謝物をNMRメタボロミクスにより網羅的に解析した結果、非常に顕著な違いがあったのが糞便中に含まれる糖質の量でした。通常、私たちの消化管で消化吸収しきれなかった糖質は糞便中に排出されるわけですが、腸内細菌はそういった糖質をさらに代謝して自分たちのエネルギー源にするとともに、短鎖脂肪酸と呼ばれる代謝物をたくさん産生します。O157感染死を予防できるビフィズス菌を定着させた場合は、予防できないビフィズス菌を定着させた場合よりも糞便中に排出される糖質の量が少なく、これはプロバイオティックビフィズス菌が腸管内で糖質をたくさん利用していることが分かってきました。糖質の代謝により産生される短鎖脂肪酸の量を実際に定量したところ、プロバイオティックビフィズス菌定着マウスの糞便中では短鎖脂肪酸のうち酢酸が多いことが分かりました。

 プロバイオティックビフィズス菌によるO157感染予防効果が酢酸を介した効果なのかどうかを調べるために、ヒト大腸上 皮細胞の株化細胞であるCaco-2細胞とO157、酢酸を用いて、3者間の詳細なインタラクションに迫るべく、培養実験系のモデルを使って調べました。

 まず、この細胞株にO157を感染させると細胞がどんどん死んでいく様子が見られました。しかし培養液に酢酸を添加して おくと、O157の病原因子の発現量に変化はないにもかかわらず、O157感染によって死ぬ細胞の数が酢酸の濃度依存的に減少することが分かりました。 O157感染によって細胞が死ぬと、腸管上皮細胞層のバリアが崩れてちょうど穴があいたような状態になり、そのためO157が産生する毒素が腸管上皮細胞 層の上から下に移行してしまうことも分かりました。これは腸管内においては毒素が腸管内から血中に移行してしまうことを意味しますが、酢酸があると O157感染による腸管上皮細胞の細胞死を抑制することで腸管のバリア機能を高いまま維持できるため、O157が産生する毒素が血中に移行しないため、腸管内にはO157が存在するにもかかわらずマウスが生存可能になることが分かりました。

 最後にプロバイオティックビフィズス菌が腸管内でなぜ酢酸をたくさん産生できるのかについて調べるため、比較ゲノム解析を行いました。すごく幸運なことに、O157感染を予防できるビフィズス菌だけが持っている遺伝子クラスターが見つかり、それが先ほどの果糖のトランス ポーターをコードする遺伝子クラスターだったのです。その遺伝子をノックアウトしたビフィズス菌を作りO157感染を予防できるのか調べたところ、野生株では予防できたのに対し、トランスポーター遺伝子欠損株ではO157感染を予防できなくなり、糞便中の酢酸量も減少していました。したがって、プロバイオ ティックビフィズス菌がO157感染死を予防するメカニズムとして、この果糖のトランスポーター遺伝子を介した酢酸産生が重要であることが証明できまし た。

─感染症以外ではどのようなことに腸内共生細菌が関わっているのでしょうか。

 「脳腸相関」という言葉を聞いたことはありますか?腸は脳に次ぐ第2の司令塔とも言われることがあるのですが、脳と腸は 迷走神経でつながっていて、腸への刺激は腸内の神経細胞が感知しており、また腸内の内分泌細胞によるホルモン分泌を介して脳へも指令を送ることが知られています。先ほどの話で出てきました無菌マウスというのは、腸管内や生活環境中に細菌がいない状況で飼育できるマウスなのですが、無菌マウスは通常の腸内細菌が共生しているマウスと比較して脳におけるいくつかの重要な遺伝子の発現量が低下し、不安様行動というリスク回避能力が低くなっていることが報告されて います。つまり腸内共生細菌は、脳腸相関を介して私たちの脳機能や行動にまで影響を与えているのかもしれません。これは極端な話ですが、私たちは自分の頭で考えて行動しているつもりですが、もしかしたら本当は腸内共生細菌によってその行動が支配されているのかもしれませんね。

 それ以外にも腸内共生細菌は私たちの体を外敵から守る「免疫系」の発達に重要な役割を果たしていることがわかってきました。われわれの最近の研究成果で、腸内共生細菌が腸管内で糖代謝により産生する酪酸が、免疫系の抑制を行う制御性T細胞というヘルパーT細胞の一種の分化 誘導を促す効果があることが分かりました。免疫系の抑制というのは非常に大事で、例えば私たちの体を守るはずの免疫系がおかしくなってしまうと、外敵ではなく自分自身を攻撃したり(自己免疫疾患)、本来は攻撃しなくてよいはずの食べ物などに攻撃を始めたりします(食物アレルギー)。花粉症もアレルギーの一種ですね。

─最近アレルギーの人が増えていますよね。

 はい、免疫系の発達に腸内共生細菌が重要な役割を担っているのですが、実はいわゆる正常な腸内共生細菌叢を持つことができないと、きちんとした免疫系の発達を促すことができないようなのです。腸内共生細菌が免疫系を発達させるのに重要な時期は生後3歳くらいまでといわれていますが、例えばこの間に重い病気を患って抗生物質を長期的に摂取したりすると腸内細菌叢のバランスが崩れてしまい、その後アレルギーになるリスクが増加 してしまうことが報告されていますので、正常な免疫システムを発達させてアレルギーなどを予防するには、幼少期から腸内環境を良い状態に保つことが重要だといえると思います。

─この分野に入られたきっかけは何でしょうか。

 私はもともと小さいものや微生物などが好きでした。小学5年生の頃に誕生日プレゼントで顕微鏡をもらったのですが、それ で色々見るのが好きでしたね。当時は木の葉っぱを薄く切って、スライドガラスに乗せて見てみたりしていたのですが、なぜか分からないのですけれど、動物や微生物が好きな一方、植物はあまり好きじゃなかったですね。なので、大学に進学するときも植物ではなく、動物や微生物を学べるところに入学しました。

 これはベタなのですが、当時ジュラシックパークの映画が流行っていて、琥珀中の蚊のDNAをとってきて恐竜をつくるといった「発生工学」の分野を知りました。大学に入ってから発生工学を研究されている先生が、豚の臓器は人の臓器に似ているのでES細胞を使って人間の臓器を豚につくらせ、最終的に人に移植しようという研究をされていたことには驚き大変興味を持ちました。

 大学1年生のときに基礎科目で生化学という授業を履修していたのですが、すごく難しくて最初は全然分からなかったので す。そこで、よく担当の先生に質問に行っていたのですが、その先生が家畜の「反芻胃」の中の微生物群の研究をしていました。 牛、ヤギ、羊などは草を食べているのに筋肉もりもりですよね。あれはなぜかというと、草の繊維質を栄養素として分解できる繊維分解菌という菌が胃の中にいて、微生物のエネルギー源になるのです。 その微生物が胃から流れて消化され、宿主である牛、ヤギ、羊のタンパク質源として吸収されるのです。それが結果的に筋肉になるのですが、そういう研究をしている先生がいらっしゃって、生化学の授業でたくさん質問をしている間に、「うちの研究室こないか?」という話しになり、「じゃあやってみようかな?」と 思って入ったのがきっかけです。

─そういう夢が小学生の頃からあって研究者になりたいなと思われていたのですか。

 「研究者になりたい」とは最初は思っていなかったですが、「会社には入りたくないな」とは漠然と思っていました。研究者の世界では多いのではないかと思うのですが、会社に入って上司からあれやこれやと指示されるのが想像するだけで嫌だったので、「自分は会社には向かない」 と最初から思っていました。でも働かなくては生活できないので、じゃあやりたいことをやって生活できるほうがいいだろうなと思い、大学でいろいろなことを学びながら研究を進めていくうちに研究が面白くなってきて、気がついたら研究者の道に進んでいましたね。

─研究をされている上で気をつけていること、ポリシーはありますか。

 研究を単なる自己満足で終わらせず、その成果を人類全体の生活や健康に役立たせることができるような研究がしたいと常々思っています。

 これはそれぞれ農学と医学の二人の恩師の元で学ばせていただいている間に芽生えた私の研究ポリシーです。自分が行った研究成果が例えば新規の機能性食品の開発や、新規の医療基盤技術の創出につながったら嬉しいですね。

 研究をする上で気をつけていることですが、これまでの恩師二人からいただいたことがある言葉が、「一度立ち止まって良く考えなさい」ということでした。私はどちらかというと研究をするときに想像を膨らませるタイプで、一つ一つの実験をステップ by ステップで進めるというよりは、2ステップくらい先を予想して実験をすることが多かったのですが、当然予想した方向が間違っていると大変なことになります。もちろんうまくフィットすれば良い成果は得られますし、幸いなことにこれまでは良い成果を得られることの方が多かったのですが、今考えると単に運が良かっただけかなと思うところもありますので、やはりこの言葉を胸に日々精進しているところです。

─鶴岡はいかがでしょうか

 とてもいいところで楽しく生活しています。冬の雪がすごいと聞いていたので、春から秋の間に山登りや果物狩り、海での BBQなど色々と満喫しています。 果物狩りはさくらんぼ狩りやぶどう狩りに行きましたが格別でした。みなさん釣りをされるということだったので、小さいころやっていた釣りも始めました。初心者セットを購入して加茂水族館の裏で釣りをしたら小アジが3時間で50匹ぐらい釣れて驚きました。冬はスノーボードを計画中です。

─今後の展望を教えてください。

 色々な先生方とコラボレーションをさせていただいて、IABでないとできない研究、IABだからこそできる研究をやりたいと思っています。私がこの研究所に惹かれた理由の一つは、IABがシステムズバイオロジーを掲げた研究所であるということです。

 これまでの研究は、知識や経験を有する先生が、「このフェノタイプだったらこの辺りのシグナルが怪しい」と言って、その部分を調べて「やっぱり違いがあった」というような仮説検証型の研究が主流でした。しかし今はさまざまなハードウェアが発達していて、メタボロミクスのよ うに網羅的な情報を取得することができます。網羅的な情報の中には必ず答えがある一方で、その答えに行き着くためにはデータを絞り込んでいかないといけな いという難しさがあります。いわゆるデータマイニングと呼ばれる技術ですが、そういったバイオインフォマティクスの技術を有する研究者がIABにはたくさんいらっしゃいますので、私もそういった技術を学びつつ、自分の研究に活かしていきたいと思っています。

─将来成し遂げたいことはありますか。

 私が目標としたいのは病気ゼロの社会です。人はいずれ寿命が来るので不老不死は無理ですが、現在の最高寿命が平均寿命になるような社会、その間QOL (Quality of Life)を高いまま寿命を全うできるような社会を目指して研究をしていきたいと思っています。これは極端な話、病気に全くならずに、自分が健康だという ことすら忘れるくらいにみなさんが好きなことをやりながら生活していける世の中になれば素晴らしいかなと思っています。そういった社会になるための一つのアプローチとして、腸内共生細菌をコントロールすることで健康維持に寄与する研究をしていきたいと思っています。

─どうもありがとうございました。

(2012年10月29日 インタビューア:喜久田薫・池田香織 編集:川崎翠・上瀧萌 写真:増田豪)

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