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鈴木治夫准教授

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ー現在はどのような研究テーマに取り組んでいますか?

 プロジェクト名としては微生物バイオインフォマティクス (Microbial Bioinformatics) ですね。バイオインフォマティクス、つまり、情報学的な方法を使って微生物の網羅的解析をすすめています。現在、微生物の網羅的な解析はゲノム解析にとどまらず、トランスクリプトーム、プロテオーム、メタボロームなどもあわせたオミクス解析に広がっています。

 内容を大きく分けると、学生時代やポスドクのときに行っていた研究プロジェクトの続きと、慶應義塾大学に着任してから新しく始めたプロジェクトの2つに分かれます。まず新しいプロジェクトとしては、都市環境における微生物群集の研究をすすめています。公共の場における微生物の移動は時として感染症の蔓延にも関係していると考えられますが、実際どうなっているのかよくわかっていません。MetaSUB国際コンソーシアム (http://metasub.org) では、世界中の都市の微生物データを共有することを目指しており、これが実現すれば、様々な微生物や遺伝子の世界的な分布を調査することが可能になります。

 次に、これまでの研究を発展させたプロジェクトとして、微生物のゲノム情報と表現型の関連性を明らかにする研究を国内外の研究機関と共同で進めています。例えば、環境中の物質循環において重要な役割を果たす細菌のゲノム解析から物質代謝に関わる遺伝子を明らかにしようとしています。また、サルモネラなどの病原細菌のゲノムを解析して、細菌が持つ病原性や薬剤耐性に関わる遺伝子を調べています。

 薬剤耐性と関連して、染色体外DNAであるプラスミドについても研究しています。プラスミドは抗生物質耐性の他にも、難分解性物質の分解や重金属耐性など、様々な機能の遺伝子をコードしています。プラスミドは微生物間を水平伝達することがあり、宿主である微生物はこのようなプラスミドを受け取ることによって新しい機能を獲得します。これは宿主域の狭いプラスミドであればあまり問題にはなりませんが、宿主域が広いプラスミド(例えば IncP-1グループ)の場合、ある微生物が獲得した抗生物質耐性が次々と他のバクテリアに伝播される可能性があります。そこで、プラスミドの宿主域を予測し、水平伝播経路を推定することで、抗生物質耐性の拡散を最小限にとどめる対策を立てられないかと考えています。

 これらの他にも、ミトコンドリアや葉緑体のゲノム情報を用いた進化の研究や、共生微生物のゲノム解析など幅広く行なっています。微生物の物質代謝能、病原性、宿主特異性などの表現型をゲノム情報から説明したい、という一貫したモチベーションを持って微生物のゲノム解析を行っていますが、どのような微生物を対象とするかには特にこだわっていません。ゲノム情報から微生物の多様性を理解し、さらにその有効利用を可能にするような研究をしたいと思っています。

みんなが注目しない「捨てられてしまう微生物たち」に面白さを感じた

ーそもそもバイオインフォマティクスを始めるきっかけは何だったのでしょうか?

 僕はもともと千葉大学で微生物工学研究室に所属していて、そこでは微生物(糸状菌や細菌)を利用して物質を効率的に変換する研究を行なっていました。メンバーそれぞれが単一の微生物を研究していたのですが、はじめに環境中から微生物をスクリーニングし、目的とする機能が優秀な微生物だけを選び、残りの微生物は捨てられていました。でも、選ばれなかった微生物にも、いろいろなタイプのものがいるんですよ。だから僕はどちらかと言うと、このスクリーニングの過程で捨てられてしまう微生物を含む多様性の情報が面白いな、と思っていたんです。

 正直なところ、微生物のスクリーニングってかなり博打なんです。企業が10,000株をスクリーニングするなら、学生は最低1,000株はスクリーニングしなければならない、と言われていましたね。とにかく数を稼いで、当たりを探すという方向性でした。そこで、捨てられる情報、つまりこれらの微生物の多様性や群集構造の情報を利用して、有用な微生物を効率よくスクリーニングできないかな、と考えました。そこから、徐々に単一の微生物を扱う研究から多様な微生物を扱う微生物生態学へとシフトしていきました。

ー「生態学」と具体的に焦点をしぼったきっかけは何でしょうか?

 千葉大学の園芸学部で生態学に近い内容を扱う授業がありました。当時は生態学的な発想を持っていなかったので、その授業は研究テーマを決める大きなきっかけになりました。ただその後、微生物の生態学的研究を行なう上では困ったことがたくさんありましたね。ある環境から微生物を分離して調べてみると、常に未知の微生物が分離されてきて、微生物を全く同定できなかったんです。さらに、表現形質を基準に微生物を分類しようとしても、形質が非常に連続しているので分類する閾値を決められなかったんです。なのでそもそも微生物を同定したり分類したりすることを諦めて、微生物を連続的なデータとして扱うことで解析する方向にシフトしました。

 同時期にゲノムプロジェクトなどが盛り上がっていて、これからデータが大量に出てくる予感を肌で感じていたことも大きかったと思います。そんなときに「慶應義塾大学が、生物学と情報科学を統合したバイオインフォマティクス(生命情報科学)のコースを大学院に新設する」という記事を見ました。記事のなかで「ゲノム科学、進化遺伝学など生物系と、データベース、プログラミングなど情報系の科目を併せて学ぶ。指導陣は、生物の細胞の働きをコンピュータ上で再現する研究で知られる冨田勝・環境情報学部教授ら」とあり、これしかないと思いましたね。


ーこれまでの研究人生のなかで、特に大きな転機はありますか?

 もう全部ですね。千葉大学から始まって、留学もして多くの研究機関を渡り歩いてきましたが、それぞれの場所で経験した成功も失敗も全てがターニングポイントかと思います。特に、新しい環境では今までになかった発想が生まれました。例えば、微生物を分類するのではなく定量化して連続的に扱おうと思ったことも、外部機関であるつくばの研究所へと出向いたことがきっかけでした。そこの研究員の方々と、生物の多様性について議論するなかで多くのアイディアをもらいました。当時はかなり困っていたので、このときの議論は大きな発想の転換になりました。

 ただ、微生物すべてを定量的に解析しようと思っても、独習は難しいかなと思っていたんです。周りに一緒に研究する仲間が欲しいこともあり、慶應に進学しようと決めました。実際に、先端生命科学研究会では多くの方と話せて勉強になっただけでなく、新しいアイディアも出たので大きなプラスになりました。

ー研究で辛い時期は、どうやって乗り越えましたか?

 シンプルですがきちんと休みました。博士課程のころ研究を進めるうえで、とある手法だけに執着していてかなり行き詰まっていました。でも、お盆に実家に帰ったら偶然にもネットが繋がっていなくて。おかげでコンピュータから離れて考えることができて、今まで執着していた手法を捨てて新しい手法を採用することができました。こういう風にしばらく研究から離れて友人や家族と過ごしたり、人に相談したりすると乗り越えられることって多いかなと思います。

キーワードは再現性。再現性をあげるための情報共有や教育もしていきたい。

ー逆に変化しない考え方や、ポリシーはありますか?

 「再現性」だと思います。昔はあまり意識していなかったのですが、再現性はキーワードとしてずっと中心に据えているなと思います。研究の再現性は最近こそ話題になっていますが、以前は具体的に何をすれば再現性があるのかを学ぶこともできませんでした。でも僕自身はなんとなくずっと考えていて、だからこそ大学院では、微生物の多様性を定量的に再現性よく解析するための手法について研究しました。

 以前はバイオインフォマティクス研究の100%に再現性がある、という考え方があったと思います。でも実は、同じデータから出発しても解析手法によって結果が違うことは多々あります。結局、再現性をあげるためには解析に使う情報などを全て記録するしかないんですよ。再現性をあげるために、公共の場への情報共有や教育もしていきたいなと思っています。

ー研究以外に大事にしているものはありますか?

 昔から音楽はよく聴きます。音楽をあまり聴かなくなったら、研究に没頭しすぎている黄色信号を自分に出すようにしています。没頭しすぎているときは、知らないうちに生産性が下がっていると思うので。

 また、セミナーやワークショップに出向いて、色々な分野の方と情報交換することが一番好きかもしれません。人と話していろいろなことを学んでいくというプロセスが、研究へのやる気に繋がっていると思います。1人でやっていると、進んでいると思ってもぐるぐると同じところを回っていることもありますし、人と話すことで離れた視点から考えてみることは大事です。

ー最後に、将来成し遂げたい展望はありますか?

 微生物の群集構造に基づいたスクリーニング手法の確立や、微生物の培養条件の予測などが実現できたら良いですね。もし、ゲノム情報から遺伝子の機能や代謝経路などを予測して、培養条件の絞り込みができれば、これまでのような非効率的なスクリーニングをする必要がなくなります。

 あと「再現性」の追求という意味では、実験の完全自動化も理想ですね。人間はなにかとブレが大きい生物ですが、実験から情報解析までの完全自動化で誰がいつやっても再現性よく研究できる環境を取り入れたいです。

(2016年9月16日 インタビューア:今井淳之介 編集:川本夏鈴 写真:板谷英駿)

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