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黒田裕樹准教授

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黒田裕樹准教授

─現在の研究について教えてください。

僕はアフリカツメガエルという生物を使って初期発生の研究をしています。最近では発生生物学と聞くと再生医療などの幹細胞から臓器などを作ろうとする応用の研究も盛んになってきていますが、僕はそういった応用ではなく純粋に初期発生、つまり一つの卵からどのように生物が形成していくのかに興味があり、それにこだわって取り組んでいます。

初期発生の研究分野では既に関連する遺伝子のほとんどが同定されています。それを機に多くの研究者は臓器の形成などの研究にシフトしていきました。しかし僕の感覚ではまだまだ研究しなければいけないことが残っていると感じています。特に脊椎動物では発生の過程の中でもある一定のランダム性があることが知られています。その過程のどこがどのくらいの確度や割合で決まっているかは大方メカノバイオロジー、分泌タンパク質や受容体、アンタゴニスト、細胞外マトリックスなどで定まっていることがわかっているので、その詳細を明らかにしようと研究しています。

─ 具体的にはどのような研究をされているのでしょうか?
今取り組んでいて最終的に成し遂げたいのは、卵と同じ状態を自分の手で作ることですね。卵は簡 単にいうと一番単純な状態ですが、発生の段階ではそこから次第に複雑なものができていきます。そのよう に複雑な個体ができる過程で複雑すぎない途中段階もあるはずで、僕はその点で胞胚期に注目しています。 胞胚期では脊椎動物のほとんどで、受精卵からされていない転写が初めて起こり出します。実は受精卵から胞胚 期まで卵割が繰り返されて行く時に使われているタンパク質などは生殖細胞から持ち越されたmRNAが翻訳 されて作られたものです。したがって発生上初めて生殖細胞で準備されていた産物ではなく、胚自身のゲノ ムから系が動き出す胞胚期(魚類や両生類ではMBT期)が発生における本当のスタートだと思っています。実 際にその時期を過ぎると、特殊な現象が起きることが知られています。例えば、両生類では原腸胚期には体 の全体構造を誘導できるオーガナイザーという領域(原口上唇部)が現れます。その領域を切り取って胚の 違う領域に移植すると頭から尻尾までを含んだ完全な軸がもう一個追加でできます。そのような領域ができ ることが我々の体を作り上げていくことを知る上で大切だと考えています。しかし、その領域は受精卵には ないわけで、どのようにそれができるかを明らかにすることが大事だと考えています。これまでにオーガナ イザーを形成しうる特殊な領域が二つ知られていて、一つはBCNE Center(黒田准教授がポスドク時代に 報告) で、もう一つはNieuwkoop Center です。BCNEcenter は通常は前方の神経になる領域ですが、中 胚葉誘導分子のNodalというシグナルを受けるとシュペーマンオーガナイザーになる領域です。従って、こ のBCNECenter領域と中胚葉誘導分子のNodalというシグナルをバンバン出すような領域を作れば、体の全 体構造はできてくるのではないかと確信しています。実際にそれを人工的に誘導する系を用いて胚を作成するこ とである程度泳ぐオタマジャクシを作ることに成功しました。しかし、どの段階で発表するかは難しい問題 です。今の段階では見せられないくらいグロテスクなフランケンシュタインなので、せめてフランケンシュ タインレベルにまで綺麗にしないと受け入れられないのかなと思っています。こういった全体構造を作ろう とする研究をしている人は今はほとんどいなくて、そういった意味ではこういう研究は僕のオリジナルであ りしっかり攻めていきたい部分でもあります。

─ 特にアフリカツメガエルに着目した理由はなんですか。

前提として、発生のメカニズムを統括的に追う中で脊椎動物だけを特別視するのは好きなスタイルではないです。しかし、自分自身が脊椎動物であるということと、脊椎動物が僕らの目に入りかつ一番バラエティに富んでいるという理由でまず脊椎動物に研究対象を絞りました。脊椎動物の中ではやはりヒトの研究が一番求められるのでやってみたかったんですが、それには受精卵を用いる事などの色々な制約があるので断念しました。したがって、脊椎動物で卵が観察しやすい両生類か魚類かにさらに絞り、手足があり元々興味があったカエルにしました。カエルではモデル生物のアフリカツメガエルがよく研究されており、対象にしました。僕が高校時代に知ったノーベル賞受賞者のジョン・ガードン氏が世界で初めて脊椎動物の体細胞クローンを樹立した時に用いたのもアフリカツメガエルですし、アフリカツメガエルでは圧倒的に成功率が高かったのも決め手です。


─発生生物学、特に初期発生を研究するきっかけは何でしたか。

僕は昔から常々オートマチックに形が変化していくものに不思議な感情を抱いてきました。例えば、おもちゃのカプセルを水に浸すと周りのオブラートが溶けて段々と恐竜の形であったりが出てくるというのがありますね。そういうものを子供達が見ると不思議だなと思うわけですが、そういったオートマチックにどんどんに形が変化していくものの一番の代表例が僕は生物だと思います。それは生物の進化の歴史もそうですし、発生の過程も然りです。その様な経緯で高校3年生くらいから進化に興味を持ち、友人となぜ進化が起きたのだろうと議論していたりしました。それこそキリンの首はなぜ伸びたのかという問いにも「いきなり伸びるわけはないだろう」とか「自然選択であんなに伸びるのか」と言ったようにアホくさくはないけど、青くさい議論をしていました。しかしさまざまな進化の本を読んでも結局推論にしかならないものばかりでした。僕は説得力があるのは実験的に証明することだと思っているので、実験的に示すことはできない進化を直接学ぶよりかは、同じように形が変化する生物を観察することが過去を鑑みれる近道だと思うようになりました。「個体発生は系統発生を反復する」というヘッケルの言葉ではないですが、進化の歴史をほぼ踏襲していると言えるのが発生だと考えていますが、それほどお金もかけずに現代において実験的に生物が形を変化してきた様子を追えるのは発生生物学以外にないと思っています。

さらにもう一つ大きなきっかけだったのは高校在学中に利根川進さんがノーベル賞を取られた事ですね。それまでDNAについて中学の授業では出てこなかったので、いわゆる塩基配列が生物の全てを決めているというのが学校教育過程の中ですごく印象付けられるのがその頃からでした。当時高校生だった僕は利根川さんがシンポジウムで話されるのを実際に聞きに行きましたが、そこでの質問に対する受け答えが今でも印象に残っています。質問者の「愛とか怒りとか、色々な気持ちも全て遺伝子で表せると利根川さんはいうけれども、どのように説明できるんですか?」とのかなり過酷な質問に対して利根川さんは「即答はできないし、これからの研究を重ねていかないとわからないけれども、一つ言えることはそのために使っている文字は4 文字しかない」と語られていたわけです。究極的なところそれは真実を含んでいる訳で、つまり個体の違いであったり発生の違いも遺伝子が関わってくるというのは当然のことです。その中では単なる観察だけではなくて遺伝子レベルで発生がどのように制御されているかという分子生物学の方向に進まなければいけないなと高校3年生から浪人時代の非常にセンシティブな時期に考えるようになり、大学は当時日本で唯一分子生物学科があった名古屋大学に進むことにしました。

─ 初期発生の研究を行う上で大変なことはありますか。
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相当技術を積まなければいけないことですね。この点は学生を指導していく上でも難しいです。発生 生物学の実験技術は人によってばらつきが大きい面がどうしてもあって、習得もマイクロインジェクション 一つ取っても半年くらいかかります。まず技術習得に時間をかけないといけない反面、常に結果を求められる のが厳しい分野です。特に学生やポスドクを含めて論文を出して業績を積まなければいけないので、悩まし いところです。しかし、昨今では様々な新しいテクノロジーがでてきていて良い時代であるように思います。 CRISPR/Casが代表的ですが、そういった新しい技術を使って学生が興味を持ちかつテクニカルに問題のな いことであれば積極的にやっていってあげられたらいいなと思っています。初期発生であればカエルにこだ わることなく面白い研究を一緒にできればと思います。

─ お休みの日はどう過ごされていますか
スポーツが好きでよくテレビで観戦しています。特にサッカーが好きで最近ではプロサッカーチー ムのFC東京のファンクラブに入りました。僕自身はスタジアムで生で観戦したいのですが直射日光に長時 間当たるため家族受けが良くなく、一度しか一緒に行けていません(笑)子供は3人ともサッカーに興味は ないので完全にアウェーですが趣味として楽しんでいます。あとはやはり家族の時間を作るように心がけて います。三人いる子供の一番上の子は高校生なので、どちらかというと小学生の下二人の子を公園やプール に連れて行ったりしています。  もう1つ趣味のような物として料理もしますね。得意料理は元々は妻の得意料理のカルボナーラです。 実は独身の頃、妻の作ったカルボナーラがあまりにも美味しくて「この人について行けば一生これが食え る!」と思っていました。ところが、作る日によってすごい差があったんです。その後、どうしてもあの美 味しいカルボナーラが食べたかったので妻がカルボナーラを作るたびに側でノートを取り始めました。料理 も実験と通ずる点があるので、妻が目分量の所を僕が全て記録し完成カルボナーラの出来と比べることで一 番美味しくできるレシピを完成させました。ただ、そのレシピが完成してからは妻からはもう付き合ってら れないと言われてしまい、そこからカルボナーラの日は僕が作ることになっています。少しこってりしてい るので家族は量はあまり食べないんですが、僕はがっつり食べて満足しています。
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─ 鶴岡では活動されているのですか。

普段はSFCで授業を持ったり研究をしているんですが、平均して年に一度くらい鶴岡の研究所に行って他の教員の方々と交流しています。僕の担当する授業の1つの「脊椎動物のボディプラン」では実際に鶴岡で開講したこともあります。実習設備を用いてアフリカツメガエルの初期発生を実際に観察してもらえました。研究する上で鶴岡の環境はとても魅力的ですね。


─ 最後に今後の展望をお聞かせください。

やはり私たちは自分自身に興味を持ちます。自身というよりかは種としてのヒトかもしれませんが。我々は皆はじめは球体の受精卵で、そこから分裂を繰り返し、しかもそれが外部だけでなく内部の内臓の配置まで見事なまでに全体のボディプランがオーガナイズされているのは不思議ではないですか?簡単な質問であっても、現代で答えられていない問題もまだまだ沢山あります。例えば個体差にも色々な要素が作用して決定されていますが、それでも脚対頭の割合が9:1といったようなことはなく、各生物ごと大体同じように発生しますよね。なぜこのように種内で多様性の限界があるかもまだわかっていないんです。そういった全体構造を制御する仕組みを引き続き研究して明らかにしていきたいです。また、分野全体では生物は身の回りのものから作れるようになるのではと思っています。現代ではDNA の化学合成技術も進んでいて、生き物を構成する材料は分かりつつあるので、それらを緻密にパッケージしたらものとしては卵と同じものができるはずですよね。現段階ではその正しいパッケージングの条件がわかってはいないので難しいですが、理想的な条件でパッケージングしていけば確実にできるとは思います。そこでもやはり発生が鍵になるのではないかと思います。

─ ありがとうございました
(2016年12月26日 インタビューア/編集: 山本楠 写真:伊藤光平)

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