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河野暢明特任講師

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─現在の研究テーマについて教えて下さい。

 人工利用に向けて、生命現象のメカニズムやデザイン原理を理解することを目的として研究をしています。生命というのはゲノムによって設計されており、ゲノムにはDNAの全ての遺伝子情報が書かれています。したがって、それを知ることさえできれば、どのような行動をしてきたのか、どういった機能を持っているのか、などが全て分かります。一方で、"設計原理を理解する"といったときに、どこまでいったら"理解した"と言えるのかは難しい問題です。例えば「車について詳しい」という時に、車に関しての質問をいくつか行い答えることができたら「確かに詳しい」、と言えるでしょう。このように、理解度を測るテストがあると思いますが、設計図や設計原理を知った時に、"理解した"と言い切るには何が必要か、を突き詰めると、それは「人工的に利用できたかどうか」、だと思っています。車に置き換えて考えると、本当に詳しければパーツがあれば自分で組み立てることができ、カスタマイズもできます。よって、生物・生命を人工利用することができれば、"究極的には理解した"と言えると私は考えています。

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─どういうアプローチですか。

 基本的にはゲノムを詳細に調べることから行っています。

例えばクモの糸の研究では、クモが作る糸の物性と、その設計図であるゲノム上に書かれている遺伝子配列との関係性を調べることで、究極的には自分でその設計図を書き換えることで、好きな物性を持つ糸をつくることができるかもしれません。そのために、ゲノムを調べて糸の設計原理を探りつつそこから発現する物性を調べるという、関係性を見出すアプローチです。一方、これまで設計図と言ってきましたが、私の中でゲノムはむしろ設計図一つというよりも、図書館のようなイメージがあります。つまり、それぞれの本が置いてある場所にも意味があると考えています。図書館はストーリー性を持って特徴的なコーナーに分けられており、例えば図鑑のコーナー、生命科学のコーナーなどに分類されています。ゲノムにおいてもそのような配置関係が重要な場面が多々あるのですが、これまでの生命科学の研究は、残念ながらゲノムにどんな情報が書いてあるかどうかだけしか見ていません。そのため、図書館にその本があるかないかの情報はあるけれど、どう置かれているか、どこに本を配置すべきか、がわからないのです。もし私たち人間が図書館を利用しようとしたとき、本の情報は全部あるけれどその配置が適当だったら、どの本をとっていいかわからなくなってしまいます。そこで、遺伝子の配置のルールを解明することにも重点的に取り組んでいます。このような研究では主にバクテリアを対象としています。クモなどの大きい生物になるとゲノムの構造があまりに複雑で扱うのが困難なため、もっと小さく簡単な生き物で試しています。バクテリアは十分に単純なため、合成生物学というアプローチになるのですが、ゲノムを人工的に設計し、それが機能する細胞や生物システムを作り出すという構成的なアプローチをとり、どのようにつくられているのかという原理を探る研究をしています。


─研究のポリシーは何ですか。

 おもしろいことを追い続けることです。楽しさを感じたりや"Spark Joy" (「ときめく」の意味)することを一番大事にしています。地球を救いたい・病気を治したい、というようなわかりやすい出口を目指すわけではなく、自分がそのときにきちんと楽しめること、本当におもしろいな・知りたいな、という好奇心が刺激されることが、私の一番の原動力となっています。


─影響を受けた人や出来事はありますか。

 高校の先生で、天野先生と矢野先生です。お二人が高校の生物の授業の時にES細胞のニュースの話をしてくれました。京都大学の山中先生がノーベル賞を受賞されたiPS細胞は2006年に登場した新しい人工多能性幹細胞で、いろいろな組織や臓器になることのできる細胞ですが、ES細胞はiPS細胞より先につくられた"万能細胞"です。「受精卵=将来赤ちゃんになる細胞」から作られ、ほぼ無限に分解することができ、体のどんな部分にでも変身できます。この話を聞いた時に、何にでもなれる細胞ができたということは、裏を返せば生き物の世界というのが実は高度にプログラミングされていることを意味しているということに気がつきました。例えば、耳がなくなったからといって、耳が他の細胞からそのままつくれるわけではない。生物というのはプログラムされていて、そのプログラムを基に派生し、全てが設計済みであることを知り、とても面白いなと感じました。一方で、設計図による支配もiPS細胞のように"巻き戻せる"という話を聞き、まだ歴史のない分野なんだな、じゃあやってみよう!と思ったのが一番最初のきっかけです。

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─研究を行う上で大事にしていることはありますか。

 自分が楽しめることが第一優先ですが、一緒に研究している仲間もきちんと楽しめているかどうかを常に大事にしています。学生を指導する立場でもあるため、言葉遣いや指導方法など、学生との向き合い方は非常に考えます。どうしても自分の成功体験で話してしまいがちですし、それにも正しい部分はありますが、一方で人によってはその方法が合わない場合もあります。一人一人に合わせて伝え方を変えるよう心掛けています。


─鶴岡で研究をする意義は何でしょうか。

 IABという観点では、私は所長の冨田さんの存在が一番大きいと思います。いい意味で自由に研究をする環境をつくってくださり、失敗を恐れず未知の領域に果敢に挑戦しやすい環境やマインドを植え付けてくれました。例えば新しい研究を始める際も、あまり律速を設けません。やりたいことをやらせてもらっています。そうすることで、新しいプロジェクトを始める時には、たとえ学生であっても制限を気にせず、それこそ「お金や時間が無限にあったら何をしたいか」、というくらい自由な発想を大切にし、そこから現実的に組み立てていくことができます。突飛とも言えるような柔軟な発想を生む環境というのは、冨田さん無くして成し得なかったものだと思います。


─今後の展望をお聞かせください。

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 最終的には、新しい研究分野や学術領域をつくりたいと考えています。そのためには、みんなの既成概念や固まっているイメージを全部消したいなと思っています。

一番は「モデル生物」という考え方です。これまでの世界では、飼育環境やゲノム情報が揃っていないと研究がそもそもできないため、成長の遅いもの、特殊なエサが必要な生物、研究者人口が少ない生物は除外して、飼育・培養が容易である大腸菌や枯草菌、昆虫ではショウジョウバエ、もっと小さい生物では線虫などが「モデル生物」として主に研究されてきました。これは、実験手法が集約でき、情報共有も容易であり、ある意味全体的な効率が良いのですが、実際には生き物は複雑で、何かの「モデル」になるような生き物はいないのです。例えば、一番よく使われる微生物「モデル生物」である大腸菌のようなバクテリアは他にあまりいません。大腸菌は実は特別な生き物なんです。だからここで知り得た知見を他の生き物に適応しにくい「例外的」事象が近年いろいろと見られるようになってきましたし、ショウジョウバエにしてもそこから得られた知見を他の節足動物であるアリやクモ、あるいは他の脱皮動物であるクマムシの研究にすぐに適用できるかというとできないことが多いです。これまで皆がモデル生物を使わざるを得なかった背景には複数の理由がありますが、ここ数十年で飼育技術やゲノム情報等の解析技術は大きく向上したこともあり、ほとんどの理由が今は撤回され非モデル生物を使える土壌が整ってきています。しかし、まだまだみんなそれにはなかなか踏み出せないという現状があるため、ひとつの生き物の現象を追いかけるのではなく、生物全体を理解するような研究をみんなが始めて欲しいです。

もう一つは、分野の壁を全部壊したいです。今までの学会は、〇〇学会、△△学会とたくさんありますが、横の交流がありません。本当に生物を知ろうと思えばこういった垣根を取っ払い、全部一緒に考えなければいけないと思っています。それは生き物の種類だけではなく、分子のレベルでもゲノムはゲノムの研究者、代謝は代謝の研究者、RNAや遺伝子は遺伝子の研究者など、それぞれがレイヤーごとに研究を進めていますが、本来は全部連動している現象なのだから、その連動性をきちんと見ることが必要だと思っています。そこで私はつの学会に入り、有志と少しずつ融合に向けた試みを進めています。例えば、連動している研究会は「合同カンファレンスにしましょう。」と提案しています。これからの生物の研究者はこのように分野主義を変えていかなければいけないと考えています。

─ありがとうございました。
202099日 インタビューア:安在 麻貴子 写真:岩井 碩慶)

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