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HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 研究者インタビュー 湯澤 賢特任講師

湯澤 賢特任講師

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─現在の研究テーマについて教えて下さい。

 ポリケチド合成酵素や非リボソームペプチド合成酵素に代表される巨大酵素の機能や構造を理解し、その知識を活用することによって再生可能資源から付加価値の高い様々な化学物質を微生物によってつくり出すことを目的に研究を進めています。研究分野としては合成生物学と呼ばれる領域になるかと思います。2010年代後半から世界では「バイオファウンドリ」設立の動きが活発になっています。バイオファウンドリは微生物の育種を短時間で効率的に進めるための次世代インフラと定義できるかもしれません。身近なもので例えるなら、お酒がイメージしやすいかもしれません。より美味しいお酒を作り出すために、酵母に刺激を与えて改変し、より高い生産能力を備えた微生物を作り出して利益を生み出す。さらにはその工程をオートメーション化するなど機械や人も含めた環境を整える取り組みも含まれます。欧米の主要国では国あたり数カ所のバイオファウンドリが整備されていますが、日本では神戸大学の取り組み以外で主だったものはありません。そこで、私はここ鶴岡サイエンスパークにバイオファウンドリを設立できないかと構想しています。

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─どのようなアプローチですか。

 バイオファウンドリ設立にあたり、他にはないユニークな戦略を掲げることが重要だと考えています。世界にあるバイオファウンドリを模倣したようなものでは投資も呼び込めませんし、世界と競争することはできません。また、バイオ分野では日本は数年遅れをとっていると言われています。そこで私は先ほど述べた巨大酵素に着目しています。巨大酵素は生体内でもとても複雑な物質を合成することが知られている一方、取り扱いは難しく、まだ分かっていないことも多いです。私は10年ほどアメリカで巨大酵素を取り扱った研究に取り組んでいましたので、その知識と技術を強みにして巨大遺伝子の発現やその機能を自由自在にコントロールするための各種技術の開発や整備を現在進めています。

─2010年代後半にバイオファウンドリが世界で加速された背景はなんでしょうか。

 ゲノム解析がしっかりできるようになったのが2010年代前半で、それまでは生き物のゲノム情報がほとんど増えていない状況でした。2012年に登場したCRISPR(クリスパー)といってDNAの二本鎖切断を原理とする遺伝子改変ツールができました。この革新的な技術の発展に伴いゲノム編集の技術が向上し、より早くより簡単に微生物の機能を改変できるようになりました。また、DNAの合成価格もどんどん安くなっています。このような背景で2015年以降に欧米を中心にバイオファウンドリが加速していきました。その数年後に日本でも立ち上ったのが現在の神戸大学の取り組みです。


─研究を行う上で大切にしていることやポリシーなどはありますか。

 自分にしかできないユニークな研究をすることです。実はユニークな研究をすることはとても難しいです。ユニークな研究をするためには、関連する研究分野の情報を過去から現在まで全て把握する必要があります。そうでなければ自分の研究がユニークかどうか分かりませんよね?そんなに多くの情報を処理できるのかと問われることもありますが、それも考慮して私は比較的マイナーな研究分野を選択しました。ポリケチド合成酵素や非リボソームペプチド合成酵素なんて皆さん知りませんよね?流行りの研究分野は注目されやすい利点がある一方で、日々大量の論文が発表されますから常に全体を把握しておくという意味では大変です。このように研究の背景を知ることはとても重要で、世界にどれだけ競争相手がいるかも把握できますし、どの程度の予算と人材を確保すれば世界と対等に戦えるかもおおよそ検討がつきます。


─ユニークな研究や新しい発想はどのようなときにひらめきますか。

photo2.jpeg リラックスしているときですかね。研究者は多くのタスクがありますが、仕事や時間に追われているとなかなか新しい発想はでにくいですし、実験を始めると頭はそのテーマに集中し常に考えている状態にあります。ですので、私はあえて何もしないでリラックスした時間をつくります。カフェでコーヒーを飲みながら、研究から一歩離れてみる。そういったときに新しい視点で思いついたりします。





─研究者を志した理由や影響を受けた人や出来事はありますか。

 研究者を志すきっかけを与えてくれたのは、大学時代の英語の教員のモリス先生です。モリス先生の授業は英語を学ぶことだけではなく自分の人生と向き合うということに主眼が置かれていました。最も印象に残っているのは、「日本人は敷かれたレールの上を歩く傾向が強く、加えて多くの人はそれに疑問すらもっていない」という言葉です。この言葉にハッとさせられました。それまでは大学卒業後に地元の企業に就職しようと考えておりましたが、自分の人生を改めて真剣に考えるきっかけとなりました。子供の頃から物づくりが好きだったことや化学や生物学を楽しんでやっていたこともあり、もっと知りたいという探究心から大学院への進学を選び、化学や生物学の勉強を続けて現在に至ります。研究面では、良い出会いに恵まれ多くの研究者に影響を受けました。博士課程の指導者であった東京大学の菅裕明教授、渡米後にスタンフォード大学で指導して頂いたChaitan Khosla教授。Khosla 教授は巨大酵素の研究をされていたので、そこで知識と技術を習得しました。その後カリフォルニア大学バークレー校で指導して頂いたJay Keasling教授とLeonard Katz博士。Keasling教授は合成生物学で世界をリードする研究者のひとりでもありますが、ここで学んだことも大きく影響を受けましたし、今でも学ぶことも多いです。帰国後に指導して頂いた東京大学の葛山智久教授にも大変お世話になりました。


─海外での経験が今に繋がっているのですね。

 そうですね。私にとって重要な経験だったと思います。研究は日本だけで行うものではなくて、世界と競うためのグローバルな視点が大切です。トップレベルの研究者がどのような思考で何を目指しているのか。彼らを知らないと戦略も立てられません。米国のスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校にいると、それらの大学だけでなくMIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバードなど東海岸のトップスクールを卒業した研究者もたくさんいたので、彼らが独立した後の進む方向性も予想ができる、つまりその研究分野で次に起きると思われる動きが把握できます。これは長い間、人種のるつぼと呼ばれるアメリカにいたからこそ掴める感覚だと思います。彼らのルーツも様々で北米、アジア、ヨーロッパなどいろいろな国からやって来て、切磋琢磨した後にアメリカで独立する人も居れば自国に戻り、ラボを立ち上げる人も多くいます。こうした環境で過ごすことで何かのときに助けたり、助けてもらったりという関係性を世界中に築くことができました。


─鶴岡で研究をする意義は何でしょうか。

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 慶應義塾大学先端生命科学研究所(IAB)は世界でもトップレベルの代謝物質(メタボローム)解析技術を有する点と、アルゴリズムや統計など情報科学理論に精通した教員やその指導を受けた学生が多くいる点が、私にとって非常に魅力的です。合成生物学研究においては、ゲノム編集等で生み出した微生物が我々の予想通りに機能するかを実験的に検証し、得られた知見をもとにその後の微生物デザインを考えていきます。そこで大きな威力を発揮するのがメタボローム解析であり、得られたビッグデータを解析するための情報解析技術となります。これらの成果をベースに微生物機能を俯瞰できるようになるのです。ここに来る以前は、私は米国サンフランシスコ・べイエリアで約10年間研究を行っていましたが、どことなく鶴岡の風土が似ているように感じます。「本当に?」とよく言われますが、鶴岡は街を中心に海にも山にも近い環境が似ています。もちろん、ベイエリアでは雪は全くと言ってよいほど降りませんが。また、鶴岡サイエンスパーク内の人の気質も似ているような気がします。シリコンバレー周辺はベンチャーが盛んで、新たな挑戦をし続ける起業家が多く情熱を持った人が多いです。鶴岡サイエンスパーク内にいると未知の領域に果敢に挑戦している方が多く、肩書きなどで人を判断せずに、個人の魅力や力に対し、しっかりと向き合って議論ができる。これは非常に重要なことで、研究を発展させる上ではものすごく大事なことかなと思います。


─最後に今後の展望をお聞かせください。

 現在の研究テーマでお話しした「鶴岡バイオファウンドリ構想」を具現化することです。基礎研究と応用研究を同時並行で進める必要があり、とてもチャレンジングかつある程度時間がかかることは間違いありません。我々にしかつくることができない様々な物質を再生可能資源から生産して社会に提供する一連の流れを実証することで、感染症問題やエネルギー問題、さらには環境問題の解決の一助となるような成果を出していきたいと思っています。

─ありがとうございました。

(2022年5月17日 インタビューア:安在 麻貴子  写真:石川創良)

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