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大腸菌の細胞内における代謝のふるまいを史上最大規模で分析

代謝物質、タンパク質、RNAを網羅的かつ定量的に計測、生命の強さの秘密が明らかに

1. Ishii N, Nakahigashi K, Baba T, Robert M, Soga T, Kanai A, Hirasawa T, Naba M, Hirai K, Hoque A, Ho PY, Kakazu Y, Sugawara K, Igarashi S, Harada S, Masuda T, Sugiyama N, Togashi T, Hasegawa M, Takai Y, Yugi K, Arakawa K, Iwata N, Toya Y, Nakayama Y, Nishioka T, Shimizu K, Mori H, Tomita M. (2007) Multiple high-throughput analyses monitor the response of E. coli to perturbations. Science. 316(5824),593-7.

『最先端のバイオ技術を駆使して、小さな一つの細胞の中で起きている代謝反応の全てを明らかにしよう。これは生物学史上最大規模の細胞分析実験だ。』

この冨田所長のよびかけによって立ち上がったのが、メタボローム、プロテオーム、トランスクリプトームのプロフェッショナルたちによる、大腸菌を使って細胞内の代謝物質を網羅的に測定し理解しようという研究チームであった。大腸菌が細胞内のふるまい(代謝)を安定に維持するために様々な戦略を持っているという「細胞の頑強性」を定量的に実証したものである。


 ヒトからバクテリアまですべての細胞は、糖をエネルギー分子のATPに変換する「エネルギー代謝」という機構を持っている。これは最も基 本的な生命活動のひとつとされており、約100個の遺伝子で構成されている。大腸菌は、実験用の生物として非常によく使われるバクテリアであり、大腸菌の エネルギー代謝について調べることで、生物の基本的な仕組みについて多くを知ることができると考えられている。

 研究チームは、野生型の 大腸菌をさまざまな増殖速度で生育させた。一方で、エネルギー代謝にかかわる遺伝子を欠失した大腸菌を24株選び、一定の増殖速度で培養を行った。これら の大腸菌について、細胞内にある数千種にものぼる代謝物質、タンパク質、RNAを、最先端の分析技術と遺伝子工学などのバイオテクノロジーを駆使して徹底 的に分析した。このうち、主要な代謝物質130種、タンパク質57種とRNA 85種については、細胞内の量についても詳細な解析を行った。

  つづいて、細胞内物質の分析データをもとにエネルギー代謝の各ステップにおける酵素の反応速度をコンピュータで計算した。その結果、エネルギー代謝のよう な重要なプロセスを担っている遺伝子が欠失しても、細胞は変わらず生き続けていたのである。さらに驚くべきことには、細胞内のさまざまな物質の量もほとん ど変化していなかった。

 この優れた細胞の頑強性は、機能的に重複した遺伝子の存在や、代謝流束の方向変化などによって実現されているも のと考えられる。一部のタンパク質やRNAが大きく変化する突然変異株もいくつかあったが、それらは二重に突然変異が起きてしまった株であった。つまり、 欠損させた遺伝子の代わりに、普段はあまり使われていない遺伝子を使うような突然変異が起きていたことが原因であった。また増殖速度を変化させた場合、エ ネルギーの要求量が増えることから、エネルギー供給量を増やすためにRNAやタンパク質の量は大きく変化したが、代謝物質の量自体はほとんど変わらなかっ た。

 このように、大腸菌は代謝を安定に保つためのさまざまな戦略を持っており、状況に応じて使い分けているということが、世界で初めて定量的に実証されたのである。この研究論文は米科学誌「サイエンス」に掲載された。

代 謝物質の分析には研究チームが独自に開発した「メタボローム解析技術」を応用している。これはキャピラリー電気泳動と質量分析計を組み合わせた「CE- MS」という技術で、なんと同時に数千種類の代謝物質を測定できる。また、タンパク質の解析にも独自に開発した測定技術を応用している。これらの大規模な 細胞分析の手法は、それ自体がさまざまな分野での応用を期待されている。たとえば、がん細胞に特有の代謝系を突き止め、その系に特異的に働く抗がん剤を開 発したり、バイオエタノールやバイオプラスチックを生産する菌など、工業用の有用微生物の代謝系を改善して生産性を大幅に向上することが可能と考えられ る。

生命の強さの秘訣を明らかに、というひとつの通過地点に立った研究チームのメンバーは、それぞれが目指す未来への展望を描き、すでに走り始めている。生命への挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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<図の説明>
細 胞成分の変化のヒートマップ図。青くなるほど量が少なく、黄色は変化が無く、赤くなるほど量が多いことを示す。 RF:リファレンスサンプル(野生株、増 殖速度0.2 h-1で培養)、GR:野生株、各種の増殖速度(Growth Rate)で培養、KO:1遺伝子欠損(Knock Out)の突然変異株。代謝物質(anion:陰イオン、cation:陽イオン、nucleotide:核酸類)はキャピラリー電気泳動質量分析装置 (CE-MS)、タンパク質(protein)は高速液体クロマトグラフ質量分析装置(LC-MS)、mRNAは定量PCR法で測定。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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