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線虫をもちいたmicro RNA標的遺伝子の情報学的解析

短いRNAによる新たな遺伝子発現の制御機構を明らかに

1.Watanabe, Y., Yachie, N., Numata, K., Saito, R., Kanai, A. and Tomita, M. (2006) Computational analysis of microRNA targets in Caenorhabditis elegans, Gene, 365, 2-10


 DNAからRNAが転写され、RNAからタンパク質が翻訳される。このセントラルドグマにおいてRNAと呼ばれる分子は、情報伝達役でありタンパク質合成のための鋳型となる様々な種類のmessenger RNA (mRNA)、タンパク質合成時にコドンに対応するアミノ酸を運搬するtransfer RNA (tRNA)、そしてリボソーマル複合体の部品として働くribosomal RNA (rRNA) の三種類であった。しかしながら、細胞内におけるDNAからの転写産物を網羅的に測定することが可能となった現在、翻訳されないRNAはtRNA、rRNA以外にも大量に存在していることが明らかになっている。


 なかでも、たった22塩基?24塩基という非常に短いRNAはmicroRNA (miRNA) とよばれ、mRNAに結合することによりタンパク質生成を制御するなどの機能を持つことが報告されている。このmiRNAによる核酸レベルの遺伝子発現制 御は様々な生物種において観察される。

 しかし、miRNAが生体内に多数存在すると報告される一方、それらの制御対象となっている遺伝 子の多くはいまだ明らかになっていない。これは現在、miRNAが標的とするmRNAの認識と制御のメカニズムに関する知識が大きく不足しているためであ る。そこで渡辺らは、線虫 (C. elegans) におけるmiRNAとmRNAの結合パターンを抽出し、そのパターンに基づいてmiRNAの標的となるmRNA候補のゲノムワイドな推定を試みた。そし て、687の候補を挙げることに成功したのである。


結合パターンの抽出では、既知のmiRNAとその標的mRNAのペアを二塩基 ごとに比較して結合しているかどうか判断し、自由エネルギーを算出することによって構造を解析した。この結果から、miRNAとmRNAの結合には、 (1) miRNAにおける5'末端部位の8塩基が標的mRNAと強く結合することが重要、(2) miRNAの中心部位は逆に標的mRNAと結合しない、(3) miRNAの3'末端部位は標的mRNAの結合が弱いという3つの特徴が明らかになった。

つ ぎに、この3つの特徴と自由エネルギーを用いて結合強度の解析を行い、線虫のmiRNAが標的とするmRNAの候補をゲノムワイドに推定し、C. elegansの近縁種であるC. briggsaeとの間で保存されている候補を標的mRNAとした。この抽出された標的mRNA候補について、乱数から発生させたmiRNA様の擬似配列 (ランダム配列)と多角的な解析によって比較をしたところ、抽出された候補が有意な特性を持つことが確認された。

興味深いことに、候補 miRNAの多くは線虫の発生段階に関与するものであり、一種類のmiRNAが複数のmRNAを制御しているという特徴が確認された。さらに、複数の結合 部位をもってmRNAを制御しているという候補、複数個のmiRNAがひとつの標的mRNAに働くことにより制御を行っているという候補が多数抽出され た。これより、miRNAはいくつかの結合部位をもって、複数の標的mRNAを制御している可能性を示唆した (図1)。

一連の解析結果 から、miRNAは自身の発現パターンをもって、その制御の対象となるmRNAをダイナミックに制御している姿が次第に明らかにされた。そして、渡邊らに より示されたmiRNAの標的選択機構に関する新たな知見は、まだ解明が始まったばかりの機能性RNAに関する理解への大きな前進であり、複雑な生命シス テムにおいてRNAが果たす遺伝子翻訳調節機構に対する理解を大きく深めるであろう。

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<図の説明>
複数 の結合部位をもってターゲットmRNAを制御するmiRNAの例。3種類のmiRNA (a:miR-37、 b:miR-38、 c:miR-78) が複数の結合部位をもってターゲットmRNAを制御する様子を示す。3'UTRにおけるmiRNAの結合位置 (灰色)、およびmRNA (上) とmiRNA (下) との結合パターンを示す。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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