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バクテリアゲノムにおける高精度な複製開始・終結点予測法を開発

テレビやラジオなどのデジタル信号処理で使われるノイズ除去フィルタをゲノム解析に応用

1.Arakawa K, Saito R, Tomita M,(2007) Noise-reduction filtering for accurate detection of replication termini in bacterial genomes, FEBS Letters, 581(2):253-258.

 バクテリアの多くは環状のゲノムを持っている。環状ゲノムの複製はみな特定の一か所から開始され、180度反対側で終結する。現在すでに500種以上のバクテリアの完全長ゲノム配列が決定されているが、複製開始点と終結点の定義は、ゲノムが環状であるがゆえにその塩基配列の記述をどこから始めるか、というまさに「原点」の定義ともいえる重要な課題である。しかし、これを実験的に確かめるためには多大な労力と資金が必要であるため、事実上ほぼ全てのバクテリアゲノムにおける複製開始点と終結点はゲノムの配列情報そのものを使ったコンピュータ解析によって予測されている。

 大腸菌のようなバクテリアは30分に一回分裂する。これは実に460万文字もの長さを持ったゲノム配列を30分ごとに複製し続けていることを意味してい る。このようにきわめて効率よく複製を行うために、ゲノムには全体的に塩基組成などの勾配が存在している。そこで、たとえば複製による選択の結果として代 表的な、GとCの塩基含量比の偏りを表したGC Skewと呼ばれる勾配を観察すれば、コンピュータ解析のみで簡単に複製開始点と終結点が予測できる。しかし、いかに簡単でそれなりに精度が良いといって も、この手法では複製開始点に関して数千bp、複製終結点では数万bpの誤差が生じてしまう。数万bpは遺伝子数十個分にも相当するため、厳密な解析を行 う上ではこの誤差は無視できない。

 ゲノムは当然のことながら複製するだけではなく、多くの遺伝子をコードし発現させる必要がある。そのため、GC Skewというゲノム上のグローバルな現象にとって、遺伝子領域はローカル(局所的)な『ノイズ」として表れる。そこで荒川和晴助教らは、デジタル信号処 理でよく用いられる、高速フーリエ変換によるローパスフィルタという手法をゲノム解析に適用することでこの内在『ノイズ』を除去し、従来法よりも数倍以上 正確に複製開始点と終結点を予測する手法を開発した。


 アナログテレビ放送やラジオ放送は、電波状況が悪いと雑音、つまりノイズが混じってしまう。クリアな映像や音声を視聴可能にするため、テレビやラジオ受 信機では通常電波をその構成成分である周波数帯ごとに分解して、ノイズに該当する高周波数帯のみを除去するローパスフィルタ機能を備えている。このように ある信号(波形)をデジタルに処理する場合、扱うデータは時系列にそって離散的にサンプリングされたデータであるので、時間軸をゲノム上の位置に置き換え ると、GC skewはひとつのゲノムにつき数回しか周期を持たない低周波帯のデジタル信号として考えることができる。すると、複製のようなゲノム全体に関わる大域的 な事象は低周波帯として、遺伝子など局所的なノイズとして除去したい領域は高周波帯として、通常のデジタル信号と同じように扱うことが可能になる。この考 え方に基づき、遺伝子などのローカルな事象をテレビやラジオなどに用いられるノイズ除去の方法を使って取り除くことで、複製に関わる勾配だけを取り出すこ とに見事成功したのである。

 食品や医療、環境改善などさまざまな局面においてバクテリアは重要な役割を担っており、バクテリアのゲノム配列は次々と解読されている。またゲノムの解 読が終わった後には、増殖が速いバクテリアの生命としての根幹をなす機能である複製についての重要情報として、複製開始点と終結点の決定が必ずなされる。 この時、低コストで信頼性の高い結果を得ることができる荒川助教らの技術は、全てのバクテリアゲノムプロジェクトに大きな利益をもたらすだろう。一方で、 ゲノムの複製という基礎研究の発展にも大きく貢献することも期待されている。

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<図の説明>
大腸菌ゲノムのGC Skewに、段階的にローパスフィルタを適用した結果。GとC含量の勾配(最初に低く、中盤で高く、また最後の方で低い)がフィルタを適用する事で明確になる。この低い領域と高い領域のが入れかわる場所が複製開始・終結点に相当する。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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