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大腸菌の組換えを促進するχ配列の進化的選択圧をゲノム解析により検証

塩基組成の罠を解いて見えたのは、柔軟な適応性を持つ酵素の可能性

1.Arakawa K, Uno R, Nakayama Y, Tomita M,(2007) Significance of the genomic properties of Chi sites validated from the distribution of all octamers in Escherichia coli, Gene, 392(1-2):239-246.

 バクテリアの多くは約1時間以内に一度分裂する。そのため、バクテリアの細胞内では数百万塩基対にもなるDNA分子を常に複製しつづけている。DNAの複製は二重らせんをほどき、それぞれの鎖を鋳型として相補的な塩基をつなげることによって行われる。この時の二重らせんがほどかれて4本の複製途中のDNAに分岐する様子を、その構造から「複製フォーク」と呼ぶ。複製フォークは一本鎖の状態のDNAが存在する比較的不安定な構造なので、複製を担うタンパクがDNAの損傷や他のタンパク質と衝突することで壊れてしまうことがある。常に分裂する必要があるバクテリアにとって、正確かつ迅速な複製は死活問題であるため、壊れた複製フォークはすぐに修復しなければならない。バクテリアは、このような時に染色体の同じ配列部分を利用してDNAをつなぎ換える「相同組換え」という機構で複製フォークの修復を行っている。

大腸菌では主にRecBCDという酵素が、χ(カイ)配列と呼ばれる特定の8塩基の配列(5'-GCTGGTGG-3') を認識して相同組換えによる複製フォークの修復を行っている。特定の認識配列を必要とする理由はまだはっきりとはわかっていないが、おそらく相同組換えを 行う際に、その生物に特徴的な配列を含むDNAを使うようにすることで、誤ってウイルスなどの外敵DNAをゲノムに取り込んでしまわないようにするためだ と考えられている。そのため、χ配列は通常の8塩基配列の10倍以上の高頻度で大腸菌ゲノム中に存在している。また複製や守るべき遺伝子と関連してか、実 にその75%が複製方向を、79%が転写方向を向いており、さらに98%は遺伝子内に存在している。これまでの研究ではこの特徴的な傾向をもとに、 RecBCD酵素がχ配列との相互作用をくり返すうちに、進化的により多く、適切な方向に保存されるように選択圧をかけることによって、共に進化してきた のであろうと考えられてきた。

しかし、そもそもゲノム中にはさまざまな制約が存在している。たとえば、複製のリーディング鎖、つまり複製方向を向いた側のDNA鎖は、反対のラギング鎖 よりもG含量が多い。また、大腸菌ゲノムは好んでCTGやGTGといったコドンを利用する。よって、χ配列は8塩基中5塩基がGという配列なので、多少複 製方向を向く割合が高くても不思議ではなく、またCTGやGTGというコドンを含むため、ある程度平均以上に数が多いことも予想される。荒川和晴助教ら は、特にχ配列の方向性に注目して、ゲノム中の全8塩基配列(4の8乗で65536通り)の傾向をもとに統計的にこの疑問を検証した。結果、転写方向や遺 伝子内に存在する確率はゲノム全体の塩基傾向から考えて、χ配列の割合は平均的であることが示された。これは、χ配列がこれらの傾向に関して特に進化的に 増えるような淘汰圧を受けていないことを意味している。

一方で、複製方向に対する方向性の偏りは、従来言われているほどではないものの、ある程度の選択圧があることが示された。χ配列の存在数に関しても、多く は塩基組成やコドン使用で説明できるものの、ある程度の選択圧が見られることをこれまでに慶大先端生命研の同グループが示してきた。RecBCD 酵素 ファミリーの認識配列は生物種間でほとんど保存されていない。よって、今回示されたような低い選択圧を考慮すると、RecBCD酵素はそれぞれの生物のゲ ノムにおいて、数が多く、複製方向や転写方向を自然に向くような、もっとも適切な配列を用いるために、認識配列を柔軟に適応させながら進化してきている可 能性が考えられる。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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