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CE-TOFMSを利用した新規代謝流束解析手法の開発

医薬品、食品、環境問題に取り組む微生物産業の現場で役だつ代謝解析手法を開発 ? 使える科学技術へ

Toya, Y., Ishii, N., Hirasawa, T., Naba, M., Hirai, K., Sugawara, K., Igarashi, S., Shimizu, K., Tomita, M. and Soga, T. Direct measurement of isotopomer of intracellular metabolites using capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry for efficient metabolic flux analysis. J Chromatogr A., 1159(1-2):134-41

 直接観察することができない細胞内の代謝流束、すなわちどの酵素がどれくらい反応しているかを定量的に推定し、制御機構を観察する方法として、同位体標識実験に基づいた代謝流束解析が注目されている。

 ある特定の部位を13C安定同位体で標識した基質(栄養素)を与えて微生物を培養すると、基質が代謝されてタンパク質の一部になるまでの過程を追跡することができる。取り込んだ基質が代謝された時に通った経路についての情報が、標識情報としてタンパク質を構成するアミノ酸に記録されるためである。これまでの同位体標識実験では、細胞内のタンパク質を構成するアミノ酸が同位体で標識されているかどうかについての情報をNMR(核磁気共鳴)やGC-MS(ガスクロマトグラフィー質量分析)によって測定し、代謝流束分布を推定していた。

 しかし、従来からの手法は細胞内の代謝状況がアミノ酸の標識情報に反映されるまで細胞の状態を一定に保持する必要があり、連続培養(注1)という特殊な状況で培養した細胞にしか適用することができなかった。つまり、産業で重要な回分培養(注2)や流加培養(注3)に応用することができなかったのである。更に、タンパク質の加水分解やアミノ酸の誘導体化という煩雑なサンプルの前処理が必要であった。

   注1) 連続培養:常に一定量の古い培地を新しい培地に交換しながら培養する方法。

   注2) 回分培養:途中で足すことなく、一回使い切りの培地で培養する方法。

   注3) 流加培養:途中で培地や成分を足しながら培養する方法。半回分培養ともいう。

 戸谷らは、タンパク質を構成するアミノ酸に比べてプールサイズが小さく、代謝の変化が標識パターンに迅速に反映される中間代謝物に着目していた。細胞内の中間代謝物の標識情報を直接測定することで、代謝流束解析を回分培養に適用できると考えたのである。細胞内中間代謝物の標識情報を直接測定する手法としては、CE-TOFMS(キャピラリー電気泳動時間飛行型質量分析)を選んだ。CE-TOFMSは最新のメタボローム解析技術のひとつであり、煩雑な前処理を必要とせず、微量のサンプルから多数のイオン性の低分子化合物を一斉に測定することができる。そして、簡単かつハイスループットに代謝流束分布を推定することができる手法の開発に見事成功したのである。

 新たに考案した手法の妥当性を検証するため、連続培養した大腸菌について、細胞内中間代謝物とタンパク質構成アミノ酸の標識情報をCE-TOFMSとGC-MSをもちいて測定し、それぞれの標識情報から代謝流束分布を推定して結果を比較した。その結果、全体的な代謝流束分布は同じであるが、解糖系の流束に関しては新規手法で従来手法よりも少ない値が得られた。この違いは、解糖系内の前躯体中間代謝物である3-ホスホグリセリン酸やピルビン酸と、それぞれの炭素骨格が保存されているタンパク質構成アミノ酸であるセリンやアラニンの標識情報が異なることが原因であった。新規手法ではこれらの中間代謝物を直接観察しているので、より正確な値が得られたと考えられる。また、標識情報の違いはタンパク質のターンオーバーやトランスアミネーション反応の影響であると考えられる。

 また、反応の可逆性を表現した交換流束係数の値のいくつかについて、手法間で異なる推定結果が得られた。そこで、異なる結果が得られた交換流束係数を探索範囲内で変化させ、対応する各測定対象物質の標識情報がどの程度変動するのかを観察した。その結果、測定対象物質の変動幅が大きいほど、また変動する物質が多いほど、その交換流束係数を探索しやすいことが明らかになったのである。

 戸谷らによる新たな手法の開発により、これまで連続培養でしか使えなかった代謝流束解析を、連続培養以外へ適用することができるようになった。これは、医薬品の開発や食品、環境問題への取り組みにおいて重要な役割を果たしている微生物産業への大きな貢献である。今後、この手法をもちいることで、回分培養・流加培養における代謝流束分布の推定のみならず、連続培養することができないためにあまり理解されていなかった細胞についても解析が進んでいくことと期待が高まっている。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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