慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト CE-TOFMSを用いたメタボローム測定によるバイオマーカーの探索

CE-TOFMSを用いたメタボローム測定によるバイオマーカーの探索

わずか20分で全代謝物質量を測定、急性肝炎の判定など医療への応用も期待

Soga, T., Baran, R., Suematsu, M., Ueno, Y., Ikeda, S., Sakurakawa, T., Kakazu, Y., Ishikawa, T., Robert, M., Nishioka, T. and Tomita, M. (2006) Differential metabolomics reveals ophthalmic acid as an oxidative stress biomarker indicating hepatic glutathione consumption, J Biol Chem, 281, 16768-76

 メタボローム(全代謝物質)の一斉測定。それは、細胞の活動状態を把握するために、近年望まれた技術である。代謝産物の多くはイオン性物質であり、物理的・化学的性質が似通ったものから全く異なるものまでが細胞内に混在する。そのため、代謝物質を区別し、かつ同時に測定することは困難であった。さらに、微生物では数百種類、植物では数万種類にものぼる代謝中間体の存在がメタボローム分析を極めて難しくしていた。

 曽我教授らは、細胞内の代謝物質のほとんどがイオン性の低分子であることに注目し、メタボロームの一斉測定法を考案した。それは、キャピラリー電気泳動(CE)の泳動方向の違いで陽イオンと陰イオンを区別し、各イオンを質量数の違いで検出できる四重極質量分析計(QMS)をキャピラリー電気泳動の出口に接続して測定を行う、というものであった。

 早速、二つの装置を連結させたCE-QMSを開発した。陽イオン代謝物質は見事に測定できたが、陰イオンは、途中で電流が落ちて分析できなくなるという問題が発生した。電気浸透流が陽極から陰極に発生することが原因であった。そこで考案したのが、内部表面が陰イオンポリマーでコーティングされたSMILE(+)キャピラリーを用いて電気浸透流を陰極から陽極に反転する方法である。これにより、連続的かつ安定した陰イオン化合物の測定が可能になった。

 次なる目標は、メタボロームの一斉測定である。ところが、CE-QMSでは感度が足りず、一度に測定できる質量数範囲に限度があった。そこで、物質の精密質量を測定できるTOFMSをQMSのかわりに用いることにした。TOFMSは真空度や外気温の影響を受け精密質量の測定値が変動しやすいという欠点があったが、これは測定条件を工夫することで解決することができた。精密質量の測定値の変動を補正するため、イオン化を安定化するためにTOFMSに加えるシース液に質量校正用の内部標準物質を加え、スキャン毎にマス軸の自動校正を行ったところ、精密質量の測定誤差を十万分の一以下に抑えることに成功したのである。

 キャピラリー電気泳動-飛行時間型質量分析計(CE-TOFMS)法の開発により、ミリマスユニット(整数質量の1000分の1単位)の分解能と、数倍から数十倍の高感度化を達成し、イオン性代謝物質の高感度一斉分析が可能になった。現在、452種類の陽イオン性代謝物質標準液と、355種類の陰イオン性代謝物標準液、合わせて807種類の代謝物質が一斉分析可能である。

 さて、メタボローム一斉測定技術の応用例のひとつとして、バイオマーカーの探索があげられる。曽我教授らは、解熱鎮痛剤であるアセトアミノフェン(AAP)の過剰摂取による急性肝炎(注1)のバイオマーカー探索、およびバイオマーカーとなる代謝物質の生合成経路と機序の解明に取り組んだ。 

注1) 米国では年間100名以上がAAP過剰摂取による急性肝炎で死亡している。

 AAP過剰投与により急性肝炎を誘発させたモデルマウスの肝臓を用いてメタボローム測定を行ったところ、AAP投与2時間後のマウスの肝臓でグルタチオン合成経路の代謝物質の大半が減少していることが観察された。その一方で、増加している未知物質が確認された。

 得られたCE-TOFMSの泳動時間からGSHに構造が似ていることが想定されたこの物質について最先端のMS/MS技術を用いて解析を行い、未知物質はオフタルミン酸であることを特定した。また、詳細なデータ解析から、オフタルミン酸は酸化ストレスを受けGSHが消費されると肝細胞内で生合成されて蓄積し、最終的には血液中に排泄されることが明らかになった。肝臓内で増加すると同時に血中濃度も高くなるオフタルミン酸は、薬物摂取によるグルタチオンの低下に伴って誘発される急性肝炎の有力な低分子バイオマーカーになることが示唆されたのである。

 オフタルミン酸の役割については、ABCトランスポーターによるGSHの細胞外への輸送を競争的に阻害するという報告がある。このことから、酸化ストレスを受けた細胞はオフタルミン酸を生合成して細胞外に排出することでGSHを細胞内に留め、細胞内をなるべく還元状態に保とうとしているのではないかと考えられる。

 近年新しく開発されたメタボローム一斉測定技術は、生命活動を理解する上で強力な方法論であり、医薬、発酵、環境等の分野への貢献も着実に果たすことができる技術として大きな期待が寄せられている。

Image

写真はCE-QMS。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

TOPへ