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メタボローム解析技術を利用した酵素機能解析手法の開発

あらゆる生物に応用可能。酵素を選り分け機能を探り、代謝の全体図を解き明かす

Saito, N., Robert, M., Kitamura, S., Baran, R., Soga, T., Mori, H., Nishioka, T. and Tomita, M. (2006) Metabolomics approach for enzyme discovery. J. Proteome Res., 5(8), 1979-87

 既に数百種以上の生物でゲノムが解読されている現在、生物の仕組みを解明するための次なるステージとして、遺伝子とタンパク質の機能解明が進められている。しかし、機能の多様性による困難のため、ゲノム解読の速度に比べ遅れを取っているのが現状である。実際、もっとも基礎的研究が進んでいる原核生物の大腸菌を例にとっても、約半分のORF(Open Reading Frame, 翻訳領域)はその詳細な機能が不明のまま残されている。これら機能未知の遺伝子とタンパク質の役割を明確にするためには、新しい機能解析手法の開発が必要であった。

 タンパク質の、生体内における化学反応の触媒である酵素は、細胞の代謝機能を司る重要なタンパク質群である。酵素の触媒機能の解明や新しい酵素の探索は、細胞の代謝プロセスを明らかにするためだけでなく、産業的に有用な酵素や新たな薬剤ターゲットの発掘のためにも重要な役割を担う。これまで、酵素を対象とした機能プロテオミクスの手法として、分光光度法を利用した方法や特定の触媒部位に結合する化学蛍光プローブを用いた方法などが報告されている。しかし、いずれも酵素の機能分類には有効だが、直接的に酵素の機能を決定することは難しい。

 そこで斎藤菜摘講師らは、メタボローム解析技術を取り入れた新たな酵素機能解析手法を考案した。まず、対象生物の細胞や組織からタンパク質を精製し、精製したタンパク質と基質を試験管内で反応させる。通常の試験管内酵素反応では、用いる基質は1つの反応系につき数個である。しかし、メタボローム(全代謝物質)など数百の化合物混合液を1回の反応の基質として利用できることが新規方法の特徴である。反応に用いたタンパク質が、反応系に存在するいずれかの化合物を基質とする酵素であれば、酵素反応が進行して生成物を生じる。反応後、溶液中に含まれる化合物の増減をCE-MS(キャピラリー電気泳動質量分析)を用いたメタボローム解析手法で測定する。すると、基質となる物質は減少し、生成物は増加することから、用いたタンパク質の酵素機能を同定することができるのである(図1)。

 この概念に基づき、手法の構築に取り組んだ。まず、大腸菌から精製した既知代謝酵素を用いて手法の構築と評価を行った。基質探索のための化合物混合液には、豊富な種類の化合物が含まれていることが望ましいことから、微生物培養に用いる酵母抽出液から調製したメタボロームを用いた。5つの異なる反応機構を持つ酵素でテストした結果、いずれの酵素反応でも特異的な基質化合物の減少と生成物の増加が検出され、酵素反応を特定することができた。この結果から、機能未知タンパク質に本手法を適用できることが示された。

 次に、この手法を用いて、大腸菌の機能未知タンパク質群に含まれる酵素のスクリーニングを行った。25の精製した機能未知タンパク質について、酵母抽出液のメタボロームを基質に用いて反応を行ったところ、2つのタンパク質の反応系において酵素反応で合成された生成物が検出された。CE-MS解析結果から、この化合物がグリセロール3-リン酸であると同定することができた。この生成物の情報を基に、酵素データベース検索から予測される酵素反応を絞り込み、標準物質を用いた試験管内酵素反応で確認を行った。そして、これら2つの機能未知タンパク質が、グリセロール3-リン酸などの糖リン酸に基質特異性を持つホスファターゼ、および糖に対するリン酸転移酵素の両機能を持つ酵素であることを見事、明らかにしたのである。

 斎藤講師らは開発した新しい方法を利用して、機能未知タンパク質のプールから酵素を見つけ出し、その酵素機能を同定することに成功した。この手法は、大腸菌由来に限らずあらゆる生物種のタンパク質に利用可能である。また、既知酵素の新しい活性の探索や、酵素阻害剤のスクリーニングなどにも応用可能であるという。これからの機能プロテオミクスツールとして有効的に活用されることが期待される。

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<図の説明>

酵素の機能解析手法の概要図。精製タンパク質とメタボロームを反応させ、CE-MSを用いて基質と生成物を同定することで酵素の機能を決定する。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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