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機能が重複する遺伝子に関する進化モデルを提唱

300以上の原核生物ゲノムを比較解析することで遺伝子の進化がみえてきた

Kochiwa, H., Tomita, M. and Kanai, A. Evolution of ribonuclease H genes in prokaryotes to avoid inheritance of redundant genes. BMC Evolutionary Biology 7(1) 128

 サイズの大きい真核生物ゲノムには、機能的に同じ役割を果たす遺伝子が複数存在している、遺伝的冗長と呼ばれる状態が数多くあることが知られていた。一方、さまざまな生物のゲノム配列が解読されるに従い、ゲノムサイズが小さい原核生物においてもこの遺伝的冗長が維持されている事が明らかになった。

 遺伝的冗長が維持される過程については、遺伝子の機能的な重複の度合いが関与している、という理論モデルが提唱されている。しかし、原核生物のゲノム上に生じた実際の遺伝子進化を機能的な重複の観点から議論した研究例はない。

 そこで小知和助教らは、あらゆる原核生物に共通して保持されている遺伝子群の構成を近縁種間で比較解析して、遺伝子の機能的な重複と遺伝子進化との関連性を示唆する実例を見つけ出そう、と目標を定めた。

 解析対象として選択したのは、生物種を問わず幅広く存在するリボヌクレアーゼHという遺伝子である。リボヌクレアーゼHはDNA-RNA鎖のRNA鎖を特異的に分解する酵素であり、後天性免疫不全症候群(AIDS)を引き起こすヒト免疫不全ウィルス(HIV)に欠かせない遺伝子でもある。よって、豊富な実験データがさまざまな生物で得られており、この豊富な分子生物学的な知見を新たに分子進化の研究領域に活用できることが大きな利点の1つであった。

 原核生物のリボヌクレアーゼH遺伝子には、I型、II型、III型の3種類が存在する。しかし、全ての原核生物が3種類の遺伝子を持つわけではない。ある生物ではI型とII型、もう一方の生物ではII型とIII型、というように、遺伝子の組み合わせは生物によって異なっている。特に、I型とIII型という遺伝子の組み合わせを持つ原核生物はこれまでに報告されておらず、遺伝子の組み合わせという多様性の中にも何らかの普遍性が存在することが伺われた。そこで、研究開始の時点でゲノム配列の解読が完了していた326の原核生物ゲノムを用いて、3種類のリボヌクレアーゼH遺伝子をコンピュータ解析により網羅的に抽出し、遺伝子の組み合わせに基づいて全ての種を分類した。

 その結果、I型とIII型という遺伝子の組み合わせを持つ原核生物ゲノムは、全く存在しないことが確認された。興味深いことに、このI型とIII型との相互排他的な遺伝子進化は、I型の遺伝子が二重鎖RNA結合ドメインを持つ場合に顕著であることが判明した。この二重鎖RNA結合ドメインは、原核生物において限られた種にしか存在しないにも関わらず、二重鎖RNA結合ドメインを持つI型の遺伝子が存在する生物のゲノムには例外なくIII型の遺伝子は存在しない。そればかりか、これらの近縁種がII型とIII型の遺伝子の組み合わせを持つ場合も少なくないのである。

 更に、祖先型と考えられる二重鎖RNA結合ドメインを持たないI型の遺伝子が、二重鎖RNA結合ドメインを持つI型の遺伝子に新たに置き換えられたことが、系統学的解析から示唆された。

 ここで、リボヌクレアーゼH遺伝子群に関する先行研究を見ると、1) I型とIII型はII型より効率的にDNA-RNA鎖のRNA鎖を分解する、2) I型とIII型は活性化のために要求する二価金属イオンに関して同様の傾向を持つ、3) II型は1塩基のRNA鎖を切断できるがI型とIII型は切断できない、など、I型とIII型の生化学的な特徴が類似することが報告されている。

 I型とIII型のリボヌクレアーゼH遺伝子は機能的な重複の度合いが大きいために、両遺伝子が同時にゲノムには存在しない形で進化したのではないだろうか。I型とIII型の類似性と相互排他的な遺伝子進化とを考え合わせ、小知和博士らは最終的に2つの進化モデルを提唱した(図1)。

 初めて実例に基づいて遺伝子の機能的重複と遺伝子進化との関連性を示唆したこの成果は、遺伝子進化の理解への大きな貢献である。今後、相互排他的に進化することが期待されるI型とIII型の遺伝子を共に組み込んだゲノムを人工的に構築し、実験室内での遺伝子進化を観察することで、我々の進化モデルの検証に挑戦していきたい、と小知和助教は語った。

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<図の説明>

進化の過程で二重鎖RNA結合ドメインを持つI型の遺伝子が外来からゲノムに挿入された場合、(A) 従来存在したIII型の遺伝子が機能的重複により淘汰され、二重鎖RNA結合ドメインを持つI型の遺伝子がゲノムに保持される(Model A)、(B) 従来存在した二重鎖RNA結合ドメインを持たないI型の遺伝子が機能的重複により淘汰され、二重鎖RNA結合ドメインを持つI型の遺伝子がゲノムに保持される(Model B)。FaとFbは遺伝子機能、白色のボックスはリボヌクレアーゼH遺伝子、灰色のボックスは二重鎖RNA結合ドメインを示している。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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