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miRNAの遺伝子発現制御機能による抗ウイルス作用の解析

ヒトとウイルスの攻防戦、ヒト感染ウイルスにはヒトmiRNAが特異的に効く

Watanabe, Y., Kishi, A., Yachie, N., Kanai, A. and Tomita, M. (2007) Computational analysis of microRNA-mediated antiviral defense in humans. FEBS Letters 581(24) 4603-10

 生物の体内には、異物の侵入を検知して排除することによって恒常的な体内環境を守る免疫機能が備わっている。近年、ヒトに関する生物の防衛機能のひとつとして、感染したウイルスの遺伝子発現を制御することによってその増殖抑制を行うmiRNAが数例報告された(Joplinget al.; Lecellier et al.)。

 このようなウイルス増殖抑制機能は他にも多くあるのではないか、と考えた渡辺・岸らは、現在知られている計576種のウイルスゲノムを対象とした大規模なゲノム配列解析を行い、miRNAによるウイルス感染抑制機能の解明を目指した。

 まず、576種のウイルスについて、ヒトを宿主とするものとその他の生物を宿主とするものへ分類した。これらのウイルス群に対して、報告されたヒトmiRNAによる制御を受ける可能性を評価した。ここでの評価基準としては、1)ヒトmiRNAがエネルギー的に安定にウイルスゲノムに結合するのか、2)ヒトmiRNAとウイルスゲノムの作用にはどの程度の特異性があるのか、の2点に注目している。これらの解析結果を比較したところ、2郡間に統計的に有意な差が確認された(図1)。ヒトmiRNAは、ヒトを宿主とするウイルスに対してより強い結合能を示していた。

 一方、ヒト以外の4生物種(マウス、ショウジョウバエ、線虫、シロイヌナズナ)のmiRNAを用いて同様の解析を行ったが、ほ乳類(ヒト、マウス)以外では有意な結果は得られなかった。マウスはヒトに似た傾向を示した理由としては、ほ乳類の間でmiRNAの保存性が高いことが挙げられる。従って、miRNAとウイルスの結合この傾向はヒトmiRNAに特異的であり、ヒトmiRNAがヒト感染するウイルス特異的に、その防衛機構を有している可能性が示された。

 更に、ヒトmiRNAとウイルスゲノムについて得られた情報をもとに、12種のヒトmiRNAの標的となるウイルス候補を挙げた。興味深いことに、候補の多くは、一本鎖(+)RNAウイルスであった。先行研究においてヒトmiRNAによる抑制が確認されたウイルス全てが一本鎖(+)RNAウイルスであるということからも、予測結果の妥当性が示唆されている。

 これまでの全ての先行研究は、1種のウイルスについて、特定のmiRNAによる抑制効果を実験的に解析したものであった。その中で、渡辺・岸らはデータベースにゲノム配列が提供されている全てのウイルスを用いた包括的な解析を行っており、実験データを支持する結果を得た。加えて、ヒトmiRNAがウイルス感染を抑制するために広く用いられている可能性を示し、具体的にmiRNAによる制御を受けるウイルス候補の抽出に成功している。

 今回得られた共通の特徴は、今後miRNAによるウイルス感染防御機構についての更なる理解、ひいては予防医学やウイルス感染症治療へと貢献すると期待される。

参考文献

・ Jopling CL, Yi M, Lancaster AM, Lemon SM, Sarnow P. (2005) "Modulation of hepatitis C virus RNA abundance by a liver-specific MicroRNA." Science. 309(5740):1577-81.

・ Lecellier CH, Dunoyer P, Arar K, Lehmann-Che J, Eyquem S, Himber C, Saib A, Voinnet O. (2005) "A cellular microRNA mediates antiviral defense in human cells." Science. 308(5721):557-60.

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<図の説明> ヒトを宿主とするウイルス (青) とその他の生物種を宿主とするウイルス (赤) の評価結果。O/E value (x軸) は確率的な有意性を示す指標であり、Normalized free energy (y軸) は、miRNAとmRNAとの結合の安定性を示す指標である。両スコアとも、ヒトを宿主とするウイルスでより高い値をとる。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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