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バクテリアゲノムの複製による選択度合いを定量化

複製するメディアとして最適化されたゲノムのデザインパターンを探る

Arakawa, K. and Tomita, M. The GC skew index: a measure of genomic compositional asymmetry and the degree of replicational selection. Evolutionary Bioinformatics, 3, 145-154

Arakawa, K. and Tomita, M. Selection effects on the positioning of genes and gene structures from the interplay of replication and transcription in bacterial genomes. Evolutionary Bioinformatics, 3, 279-86

 遺伝子はタンパク質の設計図であり、タンパク質をコードする領域のコドンとしての並び方や、mRNAに情報が転写されるタイミングを制御するための発現制御配列など、それ自体がメディア(媒体)としてさまざまな制約を受けている。見過ごされがちであるが、数千の遺伝子を内包するゲノムもまた複製される巨大なメディアである。約30分に一度という極めて短い時間で分裂をくりかえすバクテリアにおいては、このようなメディアとしての制約を無視することができない。

 環状のバクテリアゲノムは決まった一点から複製を開始し、ほぼ正反対に位置する終結点にて複製を終えるが、これらの二点が顕著に浮き出るほどに、複製のリーディング鎖とラギング鎖の塩基含量には勾配が見られる。グアニン(G)とシトシン(C)の含有量の差となって表れることからGC Skewと呼ばれるこの現象は、複製による制約や選択の強さを表していると考えられてきた。しかし、GC Skewの強さはグラフの形状をもとに恣意的に判断されており、そもそもノイズを多く含むデータであることがその定量的評価を困難にしている。

 荒川助教らは、まずこのGC Skewの強度を定量的に評価する手法の開発に取り組んだ。すでにGC Skewは、デジタル信号処理で使われるノイズ除去フィルタによってその形状を数学的に捉えることが可能なことがわかっている(「バクテリアゲノムにおける高精度な複製開始・終結点予測法を開発」を参照)。そこで、リーディング・ラギング鎖を分ける周波数特性に、二本鎖間の塩基含量勾配のユークリッド距離を組み合わせ、新たな手法GC Skew Index (GCSI)を開発した。これにより、GC Skewの強度を定量的に示し、正確に強度によってバクテリアゲノムを分類することに成功した(図1)。

 次に、複製による選択がゲノムを実際どのように形づくっているかを明らかにするために、複製による遺伝子構造の選択に着目した。遺伝子はそのゲノム中の位置によって発現量・方向性・長さなどの影響を受けているが、複製は遺伝子の位置を決定している要因のひとつである。複製はリーディング・ラギング鎖間の塩基含量勾配を形成するだけでなく、遺伝子をリーディング鎖にのりやすくもしている。リーディング鎖上の遺伝子はラギング鎖の遺伝子と比較して平均長が長く、かつ発現量も高い。そこで、これまでに完全ゲノム配列が公開されている環状バクテリアゲノム320種において、複製と関わりが強いと考えられている要素(遺伝子の方向性、長さ、同義コドン使用頻度、GC含有量など)が、複製開始点からの距離によってどのような影響を受けているかを網羅的に解析した。

 これらの要素は、リーディング・ラギング鎖間で異なる傾向を示し、その差はGCSIにほぼ比例して顕著になる。ところが、網羅的に全バクテリアゲノムを解析したところ、リーディング鎖特有の傾向はリーディング鎖上に一定して見られるものではなく、複製開始点から一定の範囲までにしか存在しないことがわかった。その上複製終結点付近では、ラギング鎖の傾向にも近い、逆転した傾向が観察された。この傾向が逆転する位置とGCSI強度に相関はなく、複製による塩基含量勾配だけでは、ゲノム中の遺伝子の位置による構造の違いを説明できないことが明らかとなった。

 これまで、DNA二重らせんの各鎖における傾向は良く比較研究されてきたが、複製が遺伝子のゲノム中の位置に与える制約に関しては未知の点が多い。だが、効率良く遺伝子を活用しながら同時に複製も行うために、遺伝子の配置方法にもなにかしらのデザインパターンが存在していると言えるだろう。

 近年、人工的にバクテリアゲノムをデザインし、有用な微生物を創出しようという合成生物学が着目されているが、バクテリアゲノムをデザインする際にはこのようなゲノム構造上の特性も加味していく必要が生じるだろう。『数千もの遺伝子を働かせながら、わずか数十分の間に数100万文字を正確に複製する機構のデザインを正しく理解することで、初めて効率的に有用微生物を設計できるようになるはずだ』と、荒川助教は語った。

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<図の説明>

さまざまなGCSI強度のGC Skewグラフ。GCSIの値が0から1へ近づくにつれて、次第にGC Skewグラフにおけるシフトポイントが明確になっていくことがわかる。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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