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リン酸化プロテオーム解析のための全自動濃縮・分析システムの開発

世界初、複雑極まる細胞抽出液の大規模リン酸化プロテオーム解析に成功

Imami, K., Sugiyama, N., Kyono, Y., Tomita, M. and Ishihama, Y. Automated Phosphoproteome Analysis for Cultured Cancer Cells by Two-Dimensional NanoLC-MS using a Calcined Titania/C18 Biphasic Column. Anal. Sci. 24(1) 161.

 タンパク質のリン酸化は、細胞の増殖・分化・アポートシスなどを伝えるシグナル伝達において重要な意味を持つ。これらのシグナル伝達系では主に、反応経路の上流にあるタンパク質から順序だててリン酸化/脱リン酸化が行われることによって下流の転写因子に情報が伝えられ、最終的に目的遺伝子の転写が活性化される。どのようなタンパク質が、いつ、どこで、どの位リン酸化されているのか、という情報は、シグナル伝達機構を理解するための直接的な手がかりとなる。

 しかし、細胞内でリン酸化を受けたタンパク質はごくわずかな量しか存在しない上、質量分析計で十分な構造情報が得られにくい。従って、リン酸化タンパク質(もしくは分解産物のペプチド)を前もって濃縮し、精製した上で分析する必要がある。

 現在、リン酸化ペプチドの濃縮には、リン酸化ペプチドに対して高い親和性を持つことが知られている金属酸化物のチタニアが広く用いられている。しかし、チタニアの物性とリン酸化ペプチド濃縮との関係については研究されていない。そこで今見らは、800℃の高温で焼成し結晶構造をルチル型に変化させたチタニアを作製し、解析を始めた。チタニア分子の充填密度が変化するとリン酸化ペプチドとの親和性も変化し、濃縮に何らかの影響を与えるだろうと考えたのである。

 実験を進めていくうちに、焼成したチタニアは、非リン酸化ペプチドの吸着を抑制するための競合剤を添加しなくても高い濃縮効率を示すことがわかった。そしてこの利点を利用して、トラップカラムなしの焼成チタニア(濃縮部)/C18(ペプチド分離部)二相カラムからなるシンプルな二次元ナノ LC-MS システムの構築に成功したのである。

 この全自動濃縮・分析システムを用いてヒト由来子宮癌細胞 (HeLa) のリン酸化プロテオーム解析を行ったところ、671個のリン酸化サイト及び512個のリン酸化タンパク質を同定することができた。これまでにも自動分析システムを用いたリン酸化タンパク質分析の報告はあったが、濃縮効率の面で分析対象は標準タンパク質の混合物試料等に限られていた。また、Scripps Research InstituteのJohn Yatesらによって報告された最新の成果においても、中程度に複雑なサンプルしか分析はされていなかった( Cantin et al., 2007 )。今回、今見らによって構築された全自動濃縮・分析システムは、初めて細胞抽出物のような複雑試料からリン酸化プロテオーム解析に成功した例となった。そして、複雑試料の分析は困難である、という壁を打ち破ったことにより、リン酸化プロテオーム研究への大きな貢献を果たしたのである。

 研究を進めていけば、研究者はいつか手法の限界に突き当たる。その時、必要に応じて実験系にあった分析手法を開発しながら研究を進めていける生物学者は少ない。生物と向き合いながらも、分析化学的な視点を併せ持つことで、ユニークなアプローチを展開できる研究者を目指したい、と今見氏は語った。

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<参考文献>

・Cantin GT, Shock TR, Park SK, Madhani HD, Yates JR 3rd. (2007) Optimizing TiO2-based phosphopeptide enrichment for automated multidimensional liquid chromatography coupled to tandem mass spectrometry. Anal Chem. 79(12):4666-73.

<図の説明> 焼成チタニア/C18 二相カラムからなる二次元ナノLC-MS/MS システム。細胞から抽出したタンパク質消化物を本システムに導入するだけで、リン酸化ペプチドの濃縮・分析が自動で行われる。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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