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古細菌45種における tRNA 遺伝子配列の網羅的な系統解析

3種類の tRNA の進化的な関連性と、2つの遺伝子の組み合わせによる tRNA の起源を示唆

Fujishima, K., Sugahara, J., Tomita, M. and Kanai A. Sequence Evidence in the Archaeal Genomes that tRNAs emerged Through the Combination of Ancestral Genes as 5' and 3' tRNA Halves. PLoS ONE 3(2) e1622

 進化系統樹において、生命の起源に最も近い枝から分岐したとされる生物はナノ古細菌と呼ばれる。2005年、このナノ古細菌において、5'側と3'側の2つに分断された遺伝子領域がそれぞれひとつの遺伝子としてコードされている tRNA 遺伝子(split型 tRNA)が初めて発見された(Randau et al.)。

 一方、古細菌の tRNA の中にはイントロンを持つ tRNA 、すなわちイントロン型 tRNA が数多く存在することが報告されている。そこで、博士課程一年の藤島皓介氏を中心とする研究グループは、ゲノム情報が解読されている既知の古細菌45種が持つイントロン型、非イントロン型、そしてsplit型の3種類全ての tRNA について網羅的な系統解析を行い、各tRNAの進化的な関連性を考察した。

 計1953本の成熟 tRNA 配列についてRNA二次構造に基づくアライメントを行い、系統樹を描いたところ、既知の6つのsplit型 tRNA は、同じアンチコドンを持つイントロン型 tRNA 、非イントロン型 tRNA と系統上同じクラスタに分類された。tRNA 配列のアライメント結果はすべて目による確認、修正が施されており、信頼性のある大規模なアライメントが完成している。この結果から、3種類の tRNA は単一の起源を持つ可能性が示唆された。

 さて、そうすると、split型 tRNA の分断された2つの遺伝子領域はもともと単一の遺伝子にコードされていたのか、それとも始めから2つの異なる遺伝子であったのか、という疑問が生じる。

 そこで藤島氏らは、『split型 tRNA がtRNAの起源である』という仮説をたて、(ナノ古細菌を含む)古細菌系統樹においてルートに最も近い古細菌7種が持つ tRNA 遺伝子に着目した。これらの tRNA 遺伝子の配列を5'断片と3'断片に分けてsplit型 tRNA を模倣し、5'断片と3'断片それぞれの多様性の解析を行った。配列の類似性に基づきネットワークを構築したところ、5'断片と3'断片のネットワーク構造は大きく異なっていた(図)。これにより、tRNA の2つの領域は別々の遺伝子として進化してきたことが示唆されたのである。

 ここで、先の系統解析の結果において、ナノ古細菌には系統上完全に孤立したユニークな非イントロン型 tRNA (Ile- tRNA)が存在することが確認されている。このイソロイシンをコードする tRNA の5'断片と3'断片は、興味深いことに、別の非イントロン型 tRNA の5'断片、3'断片とそれぞれ酷似していた。すなわち、tRNAの5'断片と3'断片が別々の進化を辿っていることを示唆しており、split型 tRNA がtRNA進化の起源であるとする藤島氏らの仮説が強く支持される結果となった。

 古細菌は生命の3つのドメインの中でも最も起源に近いと言われている生物群である。古細菌という生命システムの中で、タンパク質とRNAの両者が協調して機能することで成り立っている"翻訳機構"に関わる tRNA の進化を考察することは、原始の生命システムを探るための大きな手がかりになるだろう、と藤島氏は語った。


<参考文献>
Randau L, Munch R, Hohn MJ, Jahn D and Soll D. Nanoarchaeum equitans creates functional tRNAs from separate genes for their 5'- and 3'-halves.
Nature 433(7025):537-41. (2005).

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<図の説明>配列の類似性に基づいた5'と3' tRNA 断片のネットワーク解析
古細菌の系統樹においてルートに近い7種の古細菌における計296本の成熟 tRNA 配列を、アンチコドンを境にそれぞれ5'断片と3'断片に分けた。個々のノード(点)は tRNA 断片を表し、対応するアミノ酸の性質ごとに色分けされている(DE?緑; MNQ?黄緑; RKH?青; FHWY?紫; AGP?赤; ILV?オレンジ; CST?黄; iMet?灰色)。2つのノード間の配列類似性が定めた閾値を超えている場合に白いエッジ(線)によって結ばれる。5' tRNA 断片の閾値はそれぞれ>70%, >75%, >80%の3種類が示されており、最終的に6つの (1-6) クラスタに分類された。また3' tRNA 断片はの閾値は>80%, >85%, >88%の3種類が示されており、最終的に9 つの(A-I)クラスタに分類された。

[ 編集: 小川 雪乃 ]

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