慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト 古細菌における断片化されたtRNA遺伝子の大規模配列解析

古細菌における断片化されたtRNA遺伝子の大規模配列解析

新種tRNA遺伝子の発見からその進化の軌跡をたどる

Sugahara, J., Kikuta, K., Fujishima, K., Yachie, N., Tomita, M. and Kanai, A. Comprehensive analysis of archaeal tRNA genes reveals rapid increase of tRNA introns in the order Thermoproteales. Molecular Biology and Evolution, 25(12) 2709-16.

Transfer RNA(tRNA)は、細胞内のタンパク質合成系においてmRNAのコドンとアミノ酸を対応させる役割を持つRNA分子である。セントラルドグマの中心を担う本分子の多様性や分子進化を研究することは、遺伝暗号などの本質的な生命システムの理解やその起源に迫れる可能性がある魅力的なテーマである。

tRNA遺伝子の約1割程度が、内因性のイントロンを介在することが報告された。選択的スプライシングでタンパク質の多様性を生み出すmRNAのイントロンとは異なり、タンパク質をコードしないtRNAにおけるイントロンは、生命活動にとってメリットがないように思われる。それゆえtRNAのイントロンは、原始tRNAが先天的に持っていたとされる「無駄な塩基配列」のなごりと考えられるようになり、tRNAの起源を解明する上で重要な研究対象とされてきた。

こうした中で、今回、菅原氏・喜久田氏らをはじめとするプロジェクトメンバーは、tRNAに介在するイントロンの必ずしもすべてが先天的なものではなく、一部はゲノムの転移などにより後天的に獲得された可能性が高いことを明らかにした。

同プロジェクトの研究は、これまで著しく不足していたイントロン介在型tRNA遺伝子およびその塩基配列データを徹底的に収集することからはじまった。通常のtRNAとは異なり、特殊な分子構造を持つイントロン介在型tRNAは、情報学的な手法でゲノム上から予測することが難しい。これを解決するため、同プロジェクトではイントロン介在型tRNAなどの断片化されたtRNA遺伝子を予測するソフトウェアであるSPLITSの開発を進めてきた(1, 2)。本研究ではSPLITSを用いて古細菌47種のゲノム配列を解析することで、計2,143のtRNA遺伝子を検出し、そのうちの457(全体の2割以上)がイントロン介在型のtRNAであることを明らかにした。この結果は、これまで1割程度と見積もられていたイントロン介在型tRNAの割合を、大きく上回るものであった。さらに、生物種ごとにイントロン介在型tRNA遺伝子の割合を比較した結果、Thermoproteales属とよばれる高熱環境に生息する古細菌種では、tRNA遺伝子全体の7割近くがイントロン介在型であること、またそのうちの半数が、複数のイントロンを介在するtRNA遺伝子であることが明らかとなった(図A)。この中には、これまでに報告例のない特殊なtRNA遺伝子も含まれていた(図B)。

こうして得られた大量のtRNAイントロン配列を詳細に観察すると、多くのものが、互いに高い相同性を持つことがわかってきた。例えば、Thermoproteales属におけるtRNAイントロンの半数以上が、相同性80%以上で他のtRNAに介在するイントロンの塩基配列と一致する。細胞内で機能を持たないイントロン配列は、一般的に変異の蓄積がエキソン配列よりも速いことが知られており、今回見つかったように高い保存性を持つイントロンが、tRNAに先天的に存在し独立に進化してきたとは想像し難い。そのため、イントロン配列同士の高い保存性は、それらが転移などによって後天的に獲得されたものであることを示唆している(図C)。この他にも、同研究チームがおこなった解析からは、転移によるtRNAイントロンの増加説を支持するデータが得られている。

もし、tRNAにおいてイントロンが後天的に獲得される可能性があるならば、「tRNAにとってイントロンを介在させるメリットは何か?」という疑問が生まれる。この疑問に対する明確な答えはまだ見つかっていないが、いくつか有力な候補を紹介することはできる。たとえば、tRNAのイントロンがウィルスの攻撃に対する防御策になる、というアイデアが報告されている。多生物種間において高い相同性を持つtRNA遺伝子の配列は、自身と相同のゲノム領域を足場に侵入してくるウィルス等にとって絶好の侵入経路となる。tRNAにイントロンを介在させることで配列に多様性を持たせ、ウィルス等の侵入を防いでいる可能性が示唆されているのだ。この仮説の正当性が証明されれば、すべてのtRNAイントロンが必ずしも先天的なものではない、とする菅原氏らの主張に対する説明になるかもしれない。本研究分野のさらなる発展に期待がよせられる。

参考URL

tRNA遺伝子予測ソフトウェア:SPLITS(http://splits.iab.keio.ac.jp/

tRNA遺伝子データベース:SPLITSdb(http://splits.iab.keio.ac.jp/splitsdb/

Image

<図の説明>

A: 古細菌47種における断片化されたtRNA遺伝子の、全tRNA遺伝子に対する割合。断片化されたtRNAが顕著に多く見られたThermoproteales属を赤地で示す。生物種は、rRNA解析で算出された進化系藤樹に沿って並べられている。B: イントロンを3つ介在するtRNAの二次構造模式図。イントロン配列を赤字で示す。これまでに報告例のない介在位置に、イントロンが挿入されている。C: イントロンの増加を説明するモデル図。

[ 編集: 西野 泰子 ]

TOPへ