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ラット肝臓のアンモニア代謝シミュレーションモデル構築

多細胞生物を理解する方法論の確立を目指したバイオシミュレーションの応用

Ohno, H., Naito, Y., Nakajim, H., Tomita, M. Comstruction of at Biological Tissue Model based on a Single-Cell Model: A Computer Simulation of Metabolic Heterogeneity in the Liver Lobule. Artif Life 14(1) 3-28.

分子レベルから生命の謎を解明するという分子・細胞生物学の飛躍的な発展にともない、生命現象を担う構成要素についての膨大な知識が蓄積されつつある。しかしながら、ヒトをはじめとする多細胞生物を包括的に理解しようとするならば、この状況は「木を見て森を見ず」といえるのではないだろうか。

システム生物学的な観点から多細胞生物を理解するためには、分子レベルの知識を組織・器官・個体レベルへと組み立てて説明する方法の確立を避けては通れない。共著者のひとりである内藤准教授のグループは、細胞シミュレーションのアプローチでこの難題にチャレンジしつづけている。

多細胞生物は文字通り膨大な数の細胞の集合体だということができる。それでいて、組織や器官(臓器)は単なる細胞のよせ集めではなく特定のパターンに従った構造をもっており、こうした構造の多くは組織・器官が適切な機能を発揮する際に重要な役割をになっている。例えば、ヒトの肝臓にはおよそ1000億の肝細胞が含まれるが、肝細胞を単純に1000億個並べても肝臓を表現できないのだ。

同様に、ひとつの細胞を詳細にモデル化してそれを大量に並べても、組織や器官を"再現"したシミュレーションモデルには決してならない。細胞シミュレーションを応用して多細胞組織・器官・個体を理解しようとするときには、細胞集合体の高次構造を考慮しつつモデル化することが重要になってくる。また、計算コストをできる限りおさえた設計をもつモデルであることが望ましい。これらの点に配慮して、大野氏らはげっ歯類の肝臓を対象に、肝細胞モデルを基本単位として肝組織のアンモニア代謝動態を再現するモデルを構築した。肝臓の血流は上流である門脈側から、下流の中心静脈側へと向かう(図)。アンモニア代謝は、門脈側では尿素回路を中心とした尿素産生が優勢で、下流ではグルタミン合成が優勢である。大野氏らのモデルは、こうした組織内の不均一性を再現することに成功した。

げっ歯類の肝臓におけるアンモニア代謝をモデル化対象としたことには4つの理由がある。第一に、この系がほ乳類において生命を維持する上で最も重要な代謝経路のひとつであること。第二に、肝臓以外の臓器には存在しない代謝反応であること。そのため、ほ乳類のアンモニア代謝は個体レベルの表現型としてとらえることができるという利点がある。第三に、アンモニア代謝にかかわる酵素は反応の詳細がよくわかっており、特にげっ歯類に関してはこれまでさかんに研究が行われていること。そして第四に、肝臓は単純な組織ユニットのくりかえし構造として表現できることである。こうして対象を吟味したことで多細胞組織のモデル化を容易にし、実験データを再現することが可能となった。

今回もちいた手法をあらゆる組織・器官へとただちに応用することは困難だが、「それでもなお、多細胞生物を理解するためのバイオシミュレーションに正面から取り組んでいきたい」と、内藤准教授は語る。多細胞生物を理解するための方法論を導く、という誰もがいまだ成しえていない大業に向けた今後の挑戦に大いに期待したい。

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<図の説明>

肝細胞モデルの模式図。下段のカラーマトリクスは、シミュレーション結果の一部を示している。各行は、それぞれひとつの代謝酵素について、門脈側(左)から中心静脈側(右)にかけての代謝流束を色で表している。緑色は順反応、赤色が逆反応で、色が濃いほど流束が大きい。代謝酵素毎に肝組織内で異なる流束分布を示し、肝組織内の代謝が門脈側から中心静脈側に向って不均質であることがわかる。

[ 編集: 西野 泰子 ]

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