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網羅的なセンス-アンチセンス転写産物の発現解析

DNA遺伝子領域の重なりに込められた生命の謎にせまる

Okada, Y., Tashiro, C., Numata, K., Watanabe, K., Nakaoka, H., Yamamoto, N., Okubo, K., Ikeda, R., Saito, R., Kanai, A., Abe, K., Tomita, M. and Kiyosawa, H. Comparative expression analysis uncovers novel features of endogenous antisense transcription. , Hum. Mol. Genet. , 17(11) , 1631-40.

生物が細胞内に持つ生体高分子DNAは二重らせん構造になっており、すべての遺伝子情報が書き込まれている。遺伝子領域はDNA二本鎖のどちらにも散在し、着目する遺伝子が存在する鎖はセンス鎖、その逆鎖はアンチセンス鎖とよばれる。近年、タンパク質をコードしない遺伝子転写産物であるノンコーディングRNAが細胞内に多く存在することが明らかになりつつあるが、これまでに見出されたノンコーディングRNAの多くは生体内での機能や意義がわかっていない。DNAアンチセンス鎖からの転写産物であるアンチセンスRNAもその一例である。

図Aの例(グリセルアルデヒド三リン酸脱水素酵素:NM_008085と機能未知の転写産物: AK049951)で示されるように、センス鎖の遺伝子領域のちょうど裏側のアンチセンス鎖領域に他の遺伝子が存在する箇所が、ヒトやマウスで少なくとも数千個はあることが近年の転写産物の大規模解析により明らかになってきた。しかしながら、遺伝子領域がゲノム上の両鎖で重なることに何らかの生物学的意義があるのか、あるとすればどんな意義があるのか、現状ではほとんどわかっていない。

この謎にせまるべく、修士課程の学生であった岡田氏は、斎藤輪太郎講師および理化学研究所バイオリソースセンターと共同で、マイクロアレイを用いてヒトの1,486個、マウスの1,948個のセンス-アンチセンス転写産物の発現パターンを網羅的に解析した。その結果、291個のセンス-アンチセンス転写産物がヒトとマウスで共通に保存されており、そのうちの約33% は発現のパターンも類似していることが判明した。これらの中には組織特異的な発現パターンを持つものを見いだすことができ、なかでも精巣においてはセンス鎖側とアンチセンス鎖側とで発現量が逆転するセンス-アンチセンス遺伝子のペアが多く観測された。

岡田氏はこの興味深い現象に注目し、精子形成時のセンス-アンチセンス転写産物の発現パターンを詳細に解析したところ、精子形成が進むにしたがってセンス鎖とアンチセンス鎖の遺伝子発現量がまったく逆になるようなペアが発見された(図Aに示されたセンス-アンチセンス転写産物のペア: NM_008085とAK049951)。さらにこのペアに対してin situ hybridizationの実験を行った結果、図Cに示すように、青い色素で染まっているNM_008085は精細管の内側に局在するのに対し、アンチセンス鎖の転写産物であるAK049951は精細管の外側に局在することがわかった。

これらの結果から、ヒトとマウスで保存されているセンス-アンチセンス転写産物には細胞分化の過程における遺伝子制御や局在の制御が行われているものがあることが示されたといえる。

大量に発見されているセンス-アンチセンス転写産物の生体内機能や意義を解明する取り組みはまだ始まったばかりだ。ゲノムプロジェクトの進展によってヒトゲノムは解読されたが、ゲノムのほとんどを占めるノンコーディング領域はいまだ多くが未知である。岡田氏の研究アプローチで成功したように、このフロンティアは実験生物学とバイオインフォマティクスの垣根を超えて挑むべき次なる課題だといえよう。


用語解説
in situ hybridization
組織や細胞において特定のDNAやmRNAの分布や量を検出する方法。

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[ 編集: 西野 泰子 ]

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