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シアノシステインによるタンパク質化学的切断法の開発と膜プロテオミクスへの応用

コンピュータ解析と実験科学の融合がもたらす、膜プロテオミクスへの大きな一歩

Iwasaki, M., Takeshi, M., Tomita, M., and Ishihama, Y. Chemical Cleavage-Assisted Tryptic Digestion for Membrane Proteome Analysis. J. Proteome Res., 8, 3169-3175.

 我々生物の細胞膜には,多数のタンパク質(膜タンパク質)が埋め込まれ,細胞内外の情報を伝達する仲介役としての役割を担っている.現在市販されている薬剤の約65%が膜タンパク質を標的としていることからもわかるとおり,これらは生物にとって非常に重要であり,さかんに研究がおこなわれている.膜タンパク質はきわめて疎水的な性質をもつことで,疎水的な膜上に局在し,重要な機能を発揮することができるが,一方ではその性質ゆえに,現在の実験手法では網羅的な同定(細胞内に存在している多数のタンパク質を一気に見つけること)が困難である.

 修士課程2年の岩崎未央氏らのグループでは既に,トリプシンを用いた相間移動法(Masuda et al., 2008)を開発し,膜タンパク質の同定効率を大きく改善した.しかし,トリプシンのアミノ酸切断サイトは膜貫通領域に少なく,質量分析計の測定可能範囲内からはずれるような大きいペプチドを生ずる傾向にある.そのため,膜タンパク質に適した切断手法の開発が求められてきた.

 今回岩崎氏らはコンピューター解析をおこない,システイン切断とトリプシン切断サイトを組み合わせることで膜タンパク質の同定効率が改善することを予測した.この予測を確かめるために,2-nitro-5-thiocyanobenzoic acid (NTCB)を用いたシステイン化学的切断法を最適化し,トリプシンと組み合わせて大腸菌の膜タンパク質に応用した.その結果,まず反応時間を12時間から30分へと大幅に短縮できた上に,1530個のタンパク質および667個の膜タンパク質を同定することに成功し,精度の面でもトリプシンを用いた相間移動法と比較して約15%向上することができた.さらに,膜タンパク質は膜を数回貫通するような構造をとるために,従来は貫通する回数が多くなればなるほど可溶化および断片化が困難になるが,岩崎氏らの手法を用いることによって,膜貫通回数に関係なく膜タンパク質を同定することができるようになった.そのため,従来より高効率に膜タンパク質を同定することができるようになり,膜プロテオーム解析において大きく貢献する手法となることが期待される.

 無論,この新手法の開発は容易ではなかった.特にシアノシステイン切断反応の反応効率を調べる実験は困難をきわめ,システインを含むペプチドとラベル化剤を幾種類も試行錯誤するのに一ヶ月半を要した.しかし,そのおかげで逆相系カラムを用いた液体クロマトグラフィー,ラベル化反応といった実験理論および技術をしっかりと体得し,研究に臨むことができた,と,岩崎氏は語った.

 プロテオミクスは生体内のタンパク質を網羅的に解析する技術であるが,未だ発展途上であり,試料中に含まれる全てのタンパク質を1回の測定で分析できるまでには,解決しなければならない問題が多数ある.岩崎氏は,今後も高効率にタンパク質解析ができる新規手法の開発を続け,世界でいち早くこの問題を解決したいと語る.プロテオミクスが成熟した技術となり,生命現象の探究には欠かせない技術として広い分野で使われる日を夢見て,岩崎氏の挑戦は続く.

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図. シアノシステインによる切断反応を含むタンパク質断片化の概略図
 タンパク質を網羅的に同定・定量する際には液体クロマトグラフィー・質量分析計(LC-MS/MS)を用いるのが一般的であり,分析前処理として,タンパク質をトリプシンなどの酵素で特異的に切断し,断片化する必要がある.本手法では,高濃度の溶解剤存在下でタンパク質をシステインで切断したのちに,溶媒を希釈してトリプシンで切断し,LC-MS/MSで分析した.

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