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毒性物質の代謝に関わる大腸菌新規代謝経路の発見と機能解明

酵素機能同定の新手法,メタボロームプロファイリングによる新発見

Saito, N., Robert, M., Koichi, H., Matsuo, G., Kakazu, Y., Soga, T. and Tomita, M. Metabolite profiling reveals YihU as a novel hydroxybutyrate dehydrogenase for alternative succinic semialdehyde mtabolism in Eschericha coli. J. Biol. Chem., 284, 16442-16451.

 生物の代謝には,酵素と呼ばれる数多くのタンパク質が関わっている.しかし,最もよく研究されている原核生物の大腸菌ですら,半分近くの酵素機能は実際に明らかにされていない.酵素の機能を同定することは代謝の研究において非常に重要なことから,斎藤菜摘講師らのグループではメタボローム解析手法を用いた新しい酵素機能同定方法の開発に着手し,その成果をすでに報告している(Saito et al., JPR, 2006).これは数百種の化合物混合液に精製した酵素を入れて反応させ,その前後のメタボロームを測定することで基質と生成物を同定することができる画期的な手法である.

 MERMAID (Metabolic Enzyme and Reaction discovery by Metabolite profile Analysis and reactant IDentification)と名付けられたこの手法を用いて,今回斎藤講師らは大腸菌機能未知タンパク質をスクリーニングし,興味深い代謝酵素YihUタンパクを発見した.YihUは酸化還元酵素に分類され,NADH依存的にコハク酸セミアルデヒド (succinic semialdehyde, SSA) をガンマヒドロキシ酪酸 (γ-hydroxybutyrate, GHB) に還元する活性が顕著であることを明らかにした.SSAは細胞毒性があることが知られ,yihU欠損株ではSSAに対する耐性が減弱していたことから,YihUタンパク質は細胞内においてもSSA代謝に必要な働きをしていることが示唆された.さらに,大腸菌にSSAを添加して強制的に細胞内のSSA濃度を上昇させた時のメタボローム解析を行い,既に知られているSSA代謝経路に加えて,大腸菌にはGHB合成を経由する新たなSSA代謝経路が存在することを明らかにした.

 今回斎藤講師らが大腸菌での存在を示唆したSSAからGHBを経由する代謝経路は,ヒトや動物,植物と一部の嫌気性バクテリアで報告があるが,大腸菌を含むバクテリアの多くの種では知られていなかった.GHBはヒトや動物ではGABAと類似した神経伝達のための重要な役割をもち,植物では酸化ストレスによるダメージを回避するために必要な低分子であることが知られる.大腸菌ではGHBとその代謝経路の役割は明らかでなかったが,今回の結果は,この経路が何らかのストレスにより異常に合成されてしまったSSAを代謝するために必要な経路である可能性を示した.なお,今回の研究にあたって対象となったGHBは,ヒトに対する神経撹乱性の作用を持つために日本では麻薬として法規制されている化合物の一つであり,そのため研究にあたって化合物の入手や扱いの許可を得るために大変な労力を費やした,という裏話も語ってくれた. GHBに続く経路があるかどうか,またあるとすればそれに関与する酵素の同定など,この研究の先には代謝解明のための新たなチャレンジが待っているという.

 一般に機能不明とされているタンパク質やまだ見つかっていない代謝経路は,取り出したタンパクの扱いが非常に難しかったり,あるいは通常は働かず特殊な状態でしか機能しなかったりなどの理由で解明されずにいるのかもしれない.大腸菌のようなよく研究されている生物であればなおさらその傾向は強いだろう.斎藤講師らが構築したMERMAID法は,このような酵素を発見できることを今回の論文で示した.今後,様々な生物種の機能未知酵素に対して多くの研究者がこの手法を利用していくことで,埋もれている新たな酵素機能の発掘が進んでいくことだろう.

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図. 大腸菌既知代謝経路と新規SSA代謝経路の略図
YihU酵素が触媒する反応を赤枠で示した.

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