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大腸菌複数遺伝子欠損株を用いた解析による未知の代謝経路の発見

ゲノムスケールシミュレーションとフェノーム・メタボローム・トランスクリプトーム解析の組み合わせから新規代謝経路の発見へ

Nakahigashi, K., Toya, Y., Ishii, N., Soga, T., Hasegawa, M., Watanabe, H., Takai, Y., Honma, M., Mori, H. and Tomita, M. Systematic phenome analysis of Escherichia coli multiple-knockout mutants reveals hidden reactions in central carbon metabolism. Mol. Syst. Biol., 5, 306.

 中心炭素代謝系は生物がエネルギーを得るために主要な役割を担っている代謝系であり,過去100年にわたり詳しく解析されてきた経路である.その解析には大腸菌がモデル生物として用いられ,他の生物種と比べ非常によく研究されてきた.しかし,今回 中東憲治准教授らのグループはこの代謝系に未知の反応経路が潜んでおり,条件によって誘導されることをあきらかにした.

 中東准教授らのグループではまず大腸菌の中心炭素代謝系遺伝子の多重欠損(2重または3重欠損)株を構築した.そして,それぞれの株の増殖速度を12種類の培地で測定し,1遺伝子欠損株では通常の増殖速度を示すものの,複数の変異が重なることではじめて増殖速度が遅くなる遺伝子欠損の組み合わせを調べた.さらに,この結果を大腸菌代謝のゲノムスケールモデル(iAF1260)を用いた実験と同様のシミュレーションと比較することで,未知経路を予測した.シミュレーションでは遅い増殖を示すと予測されたが,実際には親株と同様の早い増殖を示した場合,そこには中心炭素代謝系にこれまで知られていない反応が存在しうることが予測される.このシミュレーションに際して,正確な予測が行えるように1遺伝子欠損株のデータを用いてモデルを修正しているが,これは代謝経路の知識と試行錯誤を必要とする煩雑なものだったと中東准教授は語る.

 その後,欠損株の表現型,そして,メタボロームとトランスクリプトーム解析のデータを用いて共同研究者らとディスカッションを重ね,未知の反応の正体を推測した.さらに,炭素13を使ったフラックス解析とin vitro酵素活性解析でついにその存在を確認した.その結果,新規経路はペントースリン酸経路の中間代謝物であるS7P(セドヘプツロース-7-リン酸)を出発点とし,S17P(セドヘプツロース-1,7-ビスリン酸)を経由してE4P(エリトロース-4-リン酸)とG3P(グリセルアルデヒド-3-リン酸)を生成する2反応からなり,いずれも解糖系の酵素であるホスホフルクトキナーゼとアルドラーゼが触媒することが判明した.

 この新規経路は大腸菌野生株ではほとんど機能していないが,トランスアルドラーゼ欠損株が(キシロース,グルコン酸など)特定の炭素源を利用する際に出現する.これは遺伝子発現の変化によって誘導されるものではなく,細胞中でS7Pが蓄積することがトリガーとなって出現することがユニークであり,このような仕組みは中心炭素代謝系の頑強さを支える一要因であると考えられる.

 多重欠損株の表現型解析とゲノムスケールモデルの組み合わせによる遺伝子の機能探索は,これまで解析し尽くされてきた代謝経路からでも新規反応を見つけることが可能なほどパワフルであることをこの研究は示した.この手法をさらに広範囲の遺伝子欠損株に用いることで,さらに新しい反応を発見することができるだろう.今回発見した経路は,大腸菌では遺伝子欠損株でのみ現れると考えているが,乳酸菌などの一部の生物はトランスアルドラーゼを持たない可能性があり,この新規経路が天然に存在する可能性がある.キシロースの資化は木質バイオマスの利用に大変重要であり,今回の発見がより効率的なキシロース資化の技術開発につながることを期待している,と中東准教授は語った.


図. トランスアルドラーゼ欠損株(TalAB)のキシロース利用時のメタボライトレベルと代謝経路
ペントースリン酸経路と解糖系の一部の代謝物濃度,及び13C-MFAにより推定された流束を示した.楕円は各メタボライト量の野生型との比を,数字はキシロース取り込みを100とした野生型/TalAB株の各反応流束を示す.

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