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祖先生物から受け継がれてきたmicroRNAと遺伝子ペアの解析

ヒトの系譜を辿ることで,祖先生物の遺伝子制御の解明へ

Takane, K., Fujishima, K., Watanabe, Y., Sato, A., Saito, N., Tomita, M. and Kanai, A., (2010) Computational prediction and experimental validation of evolutionarily conserved microRNA target genes in bilaterian animals. BMC Genomics, 11(1), 101.

 複雑な生命システムのなかでも,遺伝子の発現をコントロールすることは細胞にとって非常に重要な作業であり,きわめて緻密に行われる必要がある.遺伝子発現とは,細胞の部品をその設計図である遺伝子のDNA配列から読み取り,青写真のコピーであるmRNAに「転写」した後にさらにタンパク質を構成するアミノ酸配列に「翻訳」するまでを指すが,この過程は単に遺伝子のオンとオフを切り替えるだけではなく,時間的にも量的にも綿密なコントロールを要求する.このような遺伝子発現の細やかな制御にはmicro-RNA (miRNA) と呼ばれる短いRNA断片がもちいられ,標的遺伝子の転写産物にmiRNAが結合することで発現を阻害するという仕組みが働いていることがこれまでに示されてきた.そして近年,ヒトや線虫などの左右相称動物のmiRNAは進化的に保存されていることが明らかとなり,miRNAと標的遺伝子が共に進化してきた可能性が示唆や報告例がでてきている(Moss et al 1997, Wu et al 2005).一方で,左右相称動物のmiRNA-標的遺伝子をペアとしてその進化に着目し,網羅的に解析を行った例はまだ存在しない.そこで,修士課程2年の高根香織氏らのグループはmiRNAの標的遺伝子抽出において進化的な保存性を考慮する新規手法を開発し,高効率・高精度な予測をもとにmiRNA-標的遺伝子ペアの進化をたどることを可能にした.

 具体的な手法としては,左右相称生物間(ヒト,マウス,ニワトリ,キイロショウジョウバエ,線虫)で進化的に保存されている5種のmiRNA(let-7,miR-1,miR-124,miR-125/lin-4,mziR-34)の標的遺伝子を抽出するために,以下のようなスクリーニング法を構築した.
 (1)miRNA-標的候補結合時の自由エネルギーと,miRNA 5'末端に存在するシード配列による選別
 (2)既知miRNA-標的遺伝子を基とした配列の特徴解析
 (3)各生物種のオーソロガス遺伝子(進化的に同じ遺伝子ファミリーに属するもの)の情報を利用した選別
 また,オーソロガス遺伝子情報を利用する際には,対象とした5生物中少なくとも4生物以上の間で保存されているかどうかを判定基準とすることで,幅広い生物種で保存されているmiRNA標的遺伝子候補のみを取得することができるようになった.

 その結果,スクリーニング前のデータセット数35万7430のうち,最終的に31のmiRNA-標的遺伝子群に絞ることができた(図).さらに,候補のうちの約84%は3つのmiRNA(let-7, miR-1, miR-124)による制御であったことも明らかになった.また,進化的に保存されたmiRNA-標的遺伝子の機能をいくつか調べたところ,筋肉や神経,発生や分化,翻訳の制御に関わっていることが示唆された.高根氏らはさらに,これら絞り込まれた31のmiRNA-標的遺伝子群のうち既に同定されている候補を1つ含む6つの候補について,ヒトHeLa細胞を用いた実験によりmiRNAによる遺伝子発現への影響を調べた.すると,なんと6つ全ての遺伝子に関してmiRNAにより発現が抑制されていることが確認された.

 これらの結果は,左右相称動物にとって必須なmiRNAの標的遺伝子を明らかにするだけではなく,進化の初期に存在した左右相称動物の祖先が既に有していたであろうmiRNAによる遺伝子制御機構を類推することを可能としたことを示している.また,進化の情報を用いることにより,予測した候補から偽陽性を減らし,コンピュータによる予測でも効率よく確からしいmiRNAの標的遺伝子候補を見つけることが可能となったことも特筆すべきだろう.左右相称動物の祖先の生命システムにおいてmiRNAはどのような役割を持っていたのか.その謎の解明へ向けてこの研究は大きく貢献することができると高根氏は語った.コンピュータによる予測と実験による検証という二つの分野の融合によって進化の謎が解き明かされることを期待したい.

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図:生物種間で保存されている転写産物上に存在する,miRNA標的サイトの例
 CNN3(A)転写産物の3'UTR配列上に予測されたmiR-1標的サイトを青矢印で示した.点線枠内の塩基配列は,上部は3'UTR,下部はmiRNAを表している.

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