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時計遺伝子の発現位相遅れを生みだすポジティブフィードバック制御の解明

コンピュータシミュレーションと細胞実験で概日時計の仕組みに迫る


Y. Ogawa, N.Koike, G. Kurosawa, T. Soga, M. Tomita, and H Tei. (2011) Positive Autoregulation Delays the Expression Phase of Mammalian Clock Gene Per2. PLoS ONE, 6(4): e18663.

  多くの生物の体内には、睡眠や覚醒に代表される約24時間周期の体内リズムを維持するための「概日時計」と呼ばれる仕組みが備わっている。概日時計は時計遺伝子と呼ばれる遺伝子群により構成され、これらの相互発現制御によって安定なリズムを自律的に刻み続けている。また、環境の光や温度の条件を感知し、リズムを外部環境に同調させる機能も兼ね備えている。

 中でも、光は体内リズムを調整するために重要なシグナルである。Period1 (Per1)とPeriod2 (Per2)は光情報を受容するために必要な時計遺伝子であり、そのmRNAとタンパク質の細胞内存在量は約24時間周期で振動している。この二つの遺伝子は別の時計遺伝子の産物であるCLOCK-BMAL1タンパク質二量体によって同様に転写活性化されるが、時計中枢におけるPer1Per2の遺伝子の発現位相(タイミング)には約4時間の差がある。Per2の発現位相のほうが、Per1と比べて約4時間遅れているのである。この発現位相差を生みだす制御機構を解明すべく、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程3年の小川雪乃氏*らはコンピュータシミュレーションと細胞実験の両者を組み合わせて研究を進めた。

 まず、既知の制御関係のみを含んだ概日時計の数理モデルを用いてシミュレーション解析を行ったところ、Per1Per2の転写強度や分解速度の差によって位相差が説明しうることが示された。そこで実際に、培養細胞を用いて転写強度と分解速度を測定し、得られた値をパラメータとして数理モデルに適用したが、位相差を再現することはできず、既知の制御関係だけでは観察されている位相差は再現できないことが示された。そこで、位相差を説明しうる仮説モデルをコンピュータシミュレーションによって検討したところ、Per1転写のネガティブフィードバック制御、もしくはPer2転写のポジティブフィードバック制御を導入することによって、Per2の発現が4時間遅れる状態を再現できたため、このモデルを細胞実験によってさらに検証した。

 その結果、PER1ないしPER2タンパク質の共発現により、Per2遺伝子の転写のみが強く誘導されるという結果が得られた。つまり、シミュレーションによって提示された二つのモデルのうち、Per2転写のポジティブフィードバック制御の存在が支持された。さらにこのポジティブフィードバック制御がかからないような欠損Per2プロモータの発現振動位相を調べることで、これが野生型Per2プロモータの発現振動位相と比較して約3時間前進し、ほぼPer1プロモータの発現振動と同じ位相を示すことを確認した(図)。一連の解析結果により、小川氏らは哺乳類の概日時計機構において、Per2遺伝子の転写にのみPER1/PER2タンパク質によるポジティブフィードバック制御がかかっており、このポジティブフィードバック制御がPer2の発現位相遅れに寄与していることを世界で初めて示した。

 今後、Per2転写のポジティブフィードバック制御が概日時計の光同調機構において果たしている役割について解明を進めることで、哺乳類が昼夜の光環境変化に適応する仕組みの理解が一層深まることと期待される。この論文では、コンピュータシミュレーションと細胞実験の結果を相互にフィードバックして研究を進めることで、未知のメカニズムを解明することができた。コンピュータシミュレーションは低コストで多くの可能性を検討することができ、実験では正確性の高い情報を得ることができる。両者の長所を活かすシステムバイオロジー的研究手法は、蓄積した知識を理解に変えるために今後ますます重要になるだろうと小川氏は語っている。

*現在は慶應義塾大学医学部解剖学教室特任助教(2011年9月)

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図. A) Per1Per2、および欠損型Per2プロモータのレポーター遺伝子の模式図。E, E', E*: E-box、CLOCK-BMAL1タンパク質二量体が結合するDNAモチーフ。B) 各レポーター遺伝子の振動位相。Per1::lucPer2::lucの間には4時間の位相差があり、Delta-Per2::luc(欠損型)はPer2::luc(野生型)に対して約3時間の位相前進を示した。

[ 編集:喜久田薫 ]

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