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細胞内タンパク質(プロテオーム)の大規模定量法の確立

細胞種・培養条件による制限を受けない普遍的な定量法


Imami, K., Sugiyama, N., Tomita, M. and Ishihama, Y. (2010) Quantitative Proteome and Phosphoproteome Analysis of Cultured Cells Based on SILAC Labeling without Requirement of Serum Dialysis, Mol Biosyst., 6(3), 594-602.

  質量分析計を用いたタンパク質の大規模解析(プロテオーム解析)において、SILAC (Stable Isotope Labeling by Amino acids in Cell culture) 法はいまや最も実用的かつ正確なタンパク質定量法として確立されつつある。SILAC法とは、細胞中のタンパク質を質量の異なるアミノ酸で標識することにより、数千個ものタンパク質の大規模な定量を可能にする手法である。例えば細胞に刺激(増殖因子、薬剤、紫外線など)を与えた時と与えていない時の細胞内のタンパク質発現量を比較したい時にSILAC法が利用されている。SILAC 法は2002年の最初の報告以来すでに 1,000 回以上も引用されていることや、一流学術誌であるScience誌やNature Methods誌において近年注目すべき技術としてハイライトされていることからも、その汎用性と重要性がうかがえる。

 一方でSILAC法における種々の重要な問題も依然残されている。SILAC法では、【通常アミノ酸】と【安定同位体で標識したアミノ酸】を代謝によってそれぞれ比較したい細胞に取り込ませる必要がある。ここで重要なのは、【安定同位体で標識したアミノ酸】を取り込ませる細胞において、タンパク質中の特定のアミノ酸を標識アミノ酸に完全に置換させることが必須であることだ。この時に置換が不十分であると、正確な定量が行えないからである。このような理由により、培地に通常アミノ酸が入っていない状態、つまり通常アミノ酸を除去した透析血清を細胞培養時に使用しなければならず、これが細胞種によっては細胞の増殖や状態に影響を与えることが報告されている(図2参照)。例えば、マウス線維芽細胞3T3-L1 は透析血清下では脂肪細胞に分化できず、SILAC 法が適用できない。また、神経細胞や血液細胞などの非分裂系細胞に対しては標識が不完全となるため SILAC 法の適用が原理的に困難である。ヒト ES 細胞もその特殊な培養系(マウスフィーダー細胞との共培養)に起因する不完全標識の問題が指摘されている。

当時博士課程3年であった今見考志氏らは、上述の問題点を全て解決する簡便かつどのような細胞種・培養系にも適用できる普遍的な定量法を確立した。本手法のポイントは、比較・定量すべき細胞群のそれぞれに対して質量の異なる安定同位体アミノ酸(例えばアルギニン"+6" とアルギニン"+10")で標識する点と通常血清を用いる点である(図1)。この場合、どちらの細胞も通常アミノ酸と安定同位体アミノ酸を同じ割合で取り込むため、たとえ細胞への標識が不完全でも質量スペクトル中の標識されたピークのみに着目し、それらを比較することで正確な定量が可能となる。図2に本法の利点を集約した。

 本法の発想はいたってシンプルでありコロンブスの卵のようであるが、論文発表以来SILAC 法の適用が困難であった植物細胞(Plant Cell. 5. 1701-5. 2011)や初代培養ニューロン(J Proteome Res. 10. 2546-54. 2011)に今見氏らの手法は応用されており、プロテオーム分野の発展に大きな貢献を果たしている。今後も様々なプロテオーム解析に応用されることを強く望んでいる、と今見氏は目を輝かせた。

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[ 編集: 高根香織 ]

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