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環状バクテリアゲノムにおける複製終結点の網羅的予測

DNAの複製終結とdif配列の関係性を解き明かす手がかりに


Kono, N., Arakawa, K. and Tomita, M. (2011) Comprehensive prediction of chromosome dimer resolution sites in bacterial genomes. BMC Genomics, 12(1), 19.

 生物はみな、細胞内に染色体という遺伝情報を担う物質を持っているが、ヒトやマウスなどの真核生物の染色体の形状は線状であるのに対し、多くのバクテリアのそれは輪っか状(環状)である。このような環状ゲノムには複製開始・終結点が正反対に位置し、この他にもさまざまな極性が存在する。例えば遺伝子の向きの偏り、DNA塩基組成の偏りなどである。このような環状ゲノムの極性はバクテリア特有の複製機構によって形づくられていて、一点の複製開始点から左右に複製が進む時に、それぞれが二本あるDNAの異なる鎖を鋳型としていることに由来している。

 このような極性はほとんど全てのバクテリアゲノムに見られるため、塩基組成の対称性、特にグアニン(G)とシトシン(C)の偏り(GC skew)を利用して、複製開始点?終結点をコンピュータ解析により予測する方法がこれまでに開発され、多くのゲノムプロジェクトで活用されてきた。実験で複製開始・終結点を同定するには大きなコストがかかるため、情報学的手法を用いた予測は簡便かつ有効な代替手法である。しかし、複製開始点についてはこのような方法で非常に正確に予測が可能な一方で、そもそも複製がどのように終結するか、どこで終結するのか、ということに関しては未知な部分が多い。

 そこで、博士課程の河野暢明氏らは、複製終結点近辺に位置するdif配列に着目した。dif配列は複製終結の際に二量体の環状ゲノムを二つの娘DNAに分割する酵素の標的配列であり、多くのゲノムでGC skewによって予測される複製終結点の近傍に位置することが示唆されている。このdif配列はバクテリアに幅広く存在が示唆されているものの、その配列の多様性から正確な予測や同定が困難であったが、河野氏らはバクテリアの進化を擬似的に辿りながらこの配列を予測する手法を考案することで、641種?715染色体でのdif配列の予測に成功した。次に、得られたdif配列の位置情報をもとに、ゲノム塩基組成の極性との位置関係を2つの観点から解析した。まず(1)dif配列とGCskewシフトポイント(極性によって予測される終結点)の位置の比較を行った結果、二点のゲノム上の位置は相関していることがわかった(図A)。次に(2)両者の間の距離と、ゲノム中の極性の強さを定量的に評価する手法であるGCSI(「バクテリアゲノムの複製による選択度合いを定量化」を参照)を比較したが、相関が見られなかった(図B)。もしも複製がdifで起きているならば、ゲノムの極性が強ければ強い程、その極点はdifに近づくはずである。つまり、複製終結は常にdifの近くで起きているものの、厳格dif自体で起きているのではない、という可能性を示している。

 今回、河野らは多種のバクテリアにおいてdif配列を予測することに成功している。dif配列は二量体環状ゲノムを分割する酵素の標的となっていることから、染色体分割メカニズムを解明する上で今後有用な情報となるだろう。複製や分裂といった機構は生命にとって最も根源的な能力である自己複製能に欠かせない仕組みであり、この解明は生命のありかたを知る上で根源的であるだけでなく、有用な細菌を効率良く増やし物質生産に応用するためにも役立つ可能性がある。複雑なバクテリアの複製メカニズムを解明するための更なる研究が望まれる。

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図: dif配列の位置とGC skewシフトポイントの関連性

[ 編集: 高根香織 ]

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