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プロテオームデータからの網羅的なタンパク質の定量

迅速で簡便なタンパク質の一斉定量法を実現

Shinoda, K., Tomita, M. and Ishihama, Y. (2010) emPAI Calc -- for the estimation of protein abundance from large-scale identification data by liquid chromatography-tandem mass spectrometry. Bioinformatics, 26(4), 576-7.

  タンパク質は生体内で活躍する主力の分子であり、個体の成長や疾患等と大きく関わっている。このためタンパク質に焦点を当てた解析をする意義は大きく、多 くの研究者がタンパク質に関する研究を盛り上げている。このようなタンパク質解析は、従来特定のタンパク質に着目してその機能を調べるものが主流であった が、近年では個別のタンパク質に着目することなく細胞全体のタンパク質を網羅的に同定?定量する手法が求められている。例えば、がん患者と健常者の組織か らタンパク質を網羅的に調べ、差分をとることで がん患者、あるいは健常者に特異的なタンパク質を検出することができる。さらに、両者で差があった物質を測定することで、どのくらい異なるかということを 定量的に数値化することが可能となる。がん患者と健常者など、比較したいサンプル間におけるタンパク質の種類や量の違いを知ることは、疾患のメカニズムを 解明する上でも、また治療法を開発する上でも非常に役立つことが期待される。

 こういった背景から、タンパク質を網羅的に定量する技術が発達してきた。有力な手法の一つとして、当研究所の石濱教授らの研究グループが考案し た"Exponentially Modified Protein Abundance Index (emPAI)法"が挙げられる(Ishihama Y. et al., Mol. Cell Proteomics, 2005)。emPAI法はタンパク質混合液中に、それぞれのタンパク質がどのくらいの量で存在しているかを定量的に知ることができる画期的な方法であ る。このemPAI法を用いることで、サンプルに含まれる数千種類のタンパク質の値を精度良く求めることが可能となった。しかし、emPAI法を利用し定 量値を算出するためにはいくつかの計算式を解く必要があり、情報学的な知識が必要となる。従って情報学の知識が乏しい実験生物学者にとってemPAI法は 利用し難いものであった。

 そこで、博士課程の篠田幸作氏らは、簡単にemPAI値を得ることができる計算ソフトウェアの開発を行った。こ のソフトウェアではemPAI値を算出するための複雑なステップを自動化してあるので、利用者は難しい計算をする必要がなくない。また、使い方も至ってシ ンプルであり、プロテオームで得られた測定値情報を入力し、MASCOTやCSVなどの出力形式を指定するだけで、emPAI値を得ることができる。誰で もこのソフトウェアを用いることで、容易に比較したい2サンプル間におけるタンパク質を定量することが可能となるのだ。

 現在、生命科学 分野の発展に伴い大量のデータが蓄積してきている。膨大なデータの中から生物学的な知見を得る"情報生物学"。この情報生物学と実験生物学を組み合わせた 研究は有効であるが、両者の専門家になることはなかなか難しい。今回篠田氏らは、実験生物学者が簡単に情報生物学を扱えるようなソフトウェアを開発した が、これは両者の橋渡し役と位置づけることができるだろう。それぞれの専門分野にとどまらず、実験生物学と情報生物学を融合できるような仕組みを提供する ことは、今後のサイエンスを盛り上げていくためにはとても重要なことだ。こういった学問横断的なアプローチによって学問の幅が広がることを期待したい。

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図:タンパク質サンプルからemPAI値を算出するためのフロチャート

[ 編集: 高根香織 ]

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