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メタボローム測定技術を利用した代謝フラックスの時間変化解析

目的物質の生産にむけた、微生物の効率良い代謝改変が可能に

Toya, Y., Ishii, N., Nakahigashi, K., Hirasawa, T., Soga, T., Tomita, M. and Shimizu, K. (2010) 13C-metabolic flux analysis for batch culture of Escherichia coli and its pyk and pgi gene knockout mutants based on mass isotopomer distribution of intracellular metabolites. Biotechnol. Prog., 26(4):975-992.

  微生物を利用してアルコールやアミノ酸などの有用物質を生産する取り組みは広く行なわれているが、工業的な生産ではなく、微生物につくらせるメリットは何 か。それは、工業的には複雑な行程であっても、微生物なら一気に引き受けてくれるため、簡単に有用物質を生産できるところにある。一方で、このような生産 方法においては、目的物質の生産性を向上させるためには微生物の代謝を合理的に改変する必要がある。そのためには細胞内代謝経路における物質の流れ(代謝 フラックス)を理解することが重要だ。

 細胞内の代謝を観察する手段の一つとして、"13C代謝フラックス解析"が用いられている。この手法では、特定部位の炭素原子を安定同位体で標識 した基質を細胞に取り込ませ、代謝させる。すると、代謝の過程でどの経路を経由したかによって、例えばあるアミノ酸のどの炭素原子が標識されるか決まるた め、測定したアミノ酸の同位体標識パターンから代謝フラックスを予測することが可能である。しかし、従来の手法では、工業的な発酵生産に使われているよう な、培養中に培地を加える等の操作をしない"回分培養"や途中で培地や成分を足しながら培養する"流加培養"について解析することができなかった。それ は、これらの培養法では定常状態が維持されず、時間経過と共に代謝が変化していってしまうためである。

 そこで、戸谷吉博特任助教らは最新 のメタボローム測定技術を利用することで細胞内における中間代謝物質の同位体標識情報の時系列測定を可能にし、回分培養における13C代謝フラックス解析 を世界で初めて実現した。まず戸谷特任助教らは、中間代謝物質は量が非常に少ないこと、また、そのため代謝の変化が同位体標識パターンに迅速に反映される ことを実証した。次に、大腸菌の野生株及びピルビン酸キナーゼ(Pyk)欠損株の回分培養を行ない、代謝フラックスの時間変化を比較解析した。Pyk欠損 株はホスホエノールピルビン酸を多く供給できることから、これを前駆体とする芳香族アミノ酸の生産への応用が期待できる。解析の結果、野生株の対数増殖期 では酢酸合成の低下に伴い、クエン酸(TCA)回路のフラックスが増加することが明らかになった。またグルコース枯渇後には、利用可能な酢酸の量に応じて グリオキシルサン経路とTCA回路の分岐点でのフラックス比が変化したことが明らかになった(図)。Pyk欠損株ではホスホエノールピルビン酸だけでな く、解糖系中間代謝物質が経路下流から順番に蓄積する様子が観察されたが、予想に反してフラックスレベルにおける変化はわずかであった。

  本研究では、これまで特殊な培養条件にしか適用できなかった13C代謝フラックス解析を、産業的に広く用いられている回分培養に応用することに成功した。 本研究成果によって細胞内の代謝物質情報が時系列に得られるようになり、それによって効率の良い目的物質の生産にむけた微生物の代謝改変が可能となる。本 研究手法は代謝工学に多大なインパクトを与えるだろう。今後は実際に有用物質を生産する株についてこの方法を適用し、微生物による有用物質の生産性を向上 させるための研究に役立てたい、と戸谷氏は意気込みを語った。

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図: 回分培養の酢酸消費フェーズにおける代謝フラックスの時間変化。(a)野生株の回分培養結果(b)タンパク質由来のアミノ酸と中間代謝物質の同位体標識パ ターンの違い(c)TCA回路とグリオキシルサン経路のフラックス比の時間変化。フラックスの大きさを矢印の太さで示した。MAL: malate(リンゴ酸)、 SUC: succinate(コハク酸)、 ICT: citrate(クエン酸)。

[ 編集: 高根香織 ]

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