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高感度リン酸化プロテオーム解析システムの構築

極微量の細胞からリン酸化修飾情報を網羅的に観察することが可能に

Masuda, T., Sugiyama, N., Tomita, M., and Ishihama, Y. (2011) Microscale Phosphoproteome Analysis of 10?000 Cells from Human Cancer Cell Lines. Anal. Chem., 83(20), 7698-7703.

  細胞は外部環境の変化をまず細胞膜で受けとり、その変化に適した行動をとるために細胞内のあらゆる場所にシグナルを伝達する。これをシグナル伝達という が、このシグナル伝達が正常に動かないと生物はがん等の病気になってしまう。シグナル伝達の方法はいくつか知られているが、主要な方式の1つがタンパク質 のリン酸化修飾であり、細胞内で繰り広げられるリン酸化シグナル伝達はとても複雑なものになっている。このようなリン酸化シグナル伝達の全体像を把握する ために、タンパク質のリン酸化修飾情報の網羅的解析、リン酸化プロテオーム解析が多くの研究者によっておこなわれてきた。リン酸化タンパク質はそれ以外の リン酸化されていないタンパク質と比べると少ないので、リン酸化修飾されているペプチドもしくはタンパク質のみを分析前にあらかじめ濃縮しておく必要があ るが、濃縮されたリン酸化ペプチドをnanoLC-MS/MSと呼ばれる分析装置で測定することで、アミノ酸配列情報とリン酸化修飾情報を得ることができ る。既に増田博士らのグループでは、リン酸化ペプチドを濃縮する方法であるヒドロキシ酸修飾酸化金属クロマトグラフィー法(Hydroxy Acid-Modified Metal Oxide Chromatography, HAMMOC)を開発している(Sugiyama et. al, 2007)。この方法を用いることで、100 μgのタンパク質(1,000,000個の細胞)から1,000種類以上のリン酸化修飾の変動を観察できるようになった。

 近年、フローサイトメーター(FCM)やレーザーキャプチャーマイクロダイセクション(LCM)により生体内から回収された特定の細胞群に対する プロテオーム解析が行われている。たとえば、がん細胞および正常細胞を比較することで生体内におけるがん細胞特有のタンパク質情報を得ることができる。一 方FCMやLCMを用いた場合、回収される試料量に限りがあり(~10,000個の細胞)、プロテオーム解析よりも多くの試料量が必要であるリン酸化プロ テオーム解析システムに用いることは困難であった。この問題を解決するために、増田らは少ない試料量(10,000個の細胞, 約1 μgのタンパク質)からでも大規模なリン酸化修飾情報が得られるような高感度リン酸化プロテオーム解析システムを構築した。

 まずこれまで のリン酸化プロテオーム解析のワークフローを包括的に見直した。その結果、特に高タンパク質可溶化段階、さらにクロマトグラフィーを行う段階でそれぞれ大 幅に感度をあげることができる可能性が見いだされた (図)。界面活性剤であるSDCおよびSLSはタンパク質の抽出効率および消化効率を促進する効果があり、少ない試料からでも効果的にタンパク質を抽出で きる。さらに、カラムローダーでリン酸化ペプチドを分析カラムに直接導入することで、リン酸化ペプチドの損失を最小限に抑えることができた。分析カラムの 微小化はリン酸化ペプチドの質量分析計での感度上昇に大きく貢献している。従来は内径100 μmのカラムを使用していたが、本研究では内径25 μmのカラムを新規に作製した。内径を細くすることで、ペプチドのイオン化効率が上昇すると共に、質量分析計への試料導入量が増えることで感度が上昇する と考えられる。しかし、内径の細い分析カラムは、先端で液体クロマトグラフィー用充填剤が目詰まりを起こしやすくなり連続分析には不向きだった。そこで、 増田らはFiccaro et alの報告を参考に先端に微小なガラス製フリットを作製し、充填剤の目詰まりを防いだ。これらのシステムを用いることで、既存の方法に比べて感度は平均で 約80倍に上昇した。更に、既存の方法では10,000個の細胞から200種類のみであったが、本手法を適用することによって約1,000種類のリン酸化 サイトが一度に観察できるようになった。

 これまでに、特定のタンパク質の特定のリン酸化修飾を標的とした薬剤が多く開発されている。こ の高感度リン酸化プロテオーム解析システムは、生体内から回収された極微量の細胞に対して、リン酸化修飾情報を網羅的に観察することを可能としており、こ のシステムが創薬のスピードアップに貢献できればと増田氏は目を輝かせた。

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[ 編集: 池田香織 ]

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