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遺伝暗号を変則的に解読するtRNAを線虫から発見

グリシンやイソロイシンからロイシンへの暗号の変換が可能

Hamashima, K., Fujishima, K., Masuda, T., Sugahara, J., Tomita, M., Kanai, A.(2011) Nematode-specific tRNAs that decode an alternative genetic code for leucine. Nucleic Acids Res. 40: 3653-3662.

  遺伝暗号の実体は塩基の種類とその並び方によって規定されており、3 塩基ずつの組み合わせで20種類のアミノ酸を指定してタンパク質をコードしている。これは多くの生物に共通している生命の大原則である。Transfer RNA (tRNA) は遺伝暗号の解読を媒介するアダプター分子であり、20種類のアミノ酸に対応して、少なくとも20種類のtRNAとそのアミノアシル化を行う酵素が存在する。多くのtRNAは共通してクローバーリーフ型の二次構造をとるが、厳密にはそれぞれに特異的な塩基パターンやモチーフ構造が存在し、これを各酵素が認識することで正確なアミノアシル化は達成される。ゆえに、このtRNAと酵素の対応関係は遺伝暗号に従った確実な翻訳を行う上で絶対であり、一対一の関係が成り立つのである。これまで、ミトコンドリアやマイコプラズマ等一部のバクテリアや酵母では、この普遍的な遺伝暗号から逸脱した暗号が使用されている例が報告されているが、高等真核生物ではまだ報告がない。

  政策・メディア研究科修士課程の浜島聖文氏らは、通常、ロイシンまたはセリン用の tRNA にみられる可変アーム構造 (variable arm; V-arm) が、線虫において他のアミノ酸用 (グリシンやイソロイシン) の tRNA にも存在することに着目した。これらのtRNA上のV-arm構造がロイシンまたはセリンのアミノアシル化酵素に認識された場合、本来のアミノ酸(グリシンやイソロイシン)とは異なるアミノ酸(ロイシンやセリン)に遺伝暗号が変換されてしまう可能性があるからである。そこで、in vitro でアミノアシル化再構成実験を行ったところ、興味深いことにこれらの tRNA は普遍暗号に対応するアミノ酸ではなく、ロイシン用の酵素によりロイシンを変則的にチャージすることがわかった。

 これらのtRNAは生体内 (Caenorhabditis elegans) でも発現しており、線虫で広く保存されていることから、浜島氏らはnematode-specific V-arm containing tRNA (nev-tRNA) と命名した。nev-tRNAは線虫特異的にロイシンやセリン用のtRNAから派生してきた可能性が高く、このことはバイオインフォマティクスの進化系統解析によっても示唆されている。また、真核生物の無細胞翻訳系を用いたin vitro翻訳解析も行い、in vitroでnev-tRNAがタンパク質合成に使用されることも確認している。

 以上の結果より、線虫においてグリシンやイソロイシンからロイシンへの暗号の変換が可能であることを示唆した。高等真核生物において普遍暗号によらない翻訳を生じ得るtRNAが発見されたのは極めて異例のことで、遺伝暗号の起源や進化の更なる理解に繋がることが期待される。


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図 : nev-tRNAの二次構造とアミノアシル化再構成実験
nev-tRNAと関連tRNAとの塩基配列及び二次構造の比較。nev-tRNAGly (CCC) とClass I tRNAGly (GCC) 間でのみ保存されている塩基を青で、nev-tRNAIle (UAU) とClass I tRNAIle (UAU) 間でのみ保存されている塩基を黄で、二種のnev-tRNAとtRNALeu (UAA) 間で保存されている塩基を赤で示した。V-arm介在型の3つのtRNA間で共通する塩基は四角で囲った。それぞれのtRNA間の配列類似度はパーセンテージで示している。

[ 編集:喜久田薫 ]

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