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癌関連遺伝子の逆鎖に存在するRNA遺伝子の発見とその発現解析
12.06.19
癌関連遺伝子の逆鎖に存在するRNA遺伝子の発見とその発現解析
(12.06.19)
アンチセンスRNAの一部が細胞の癌化プロセスに関与
Saito R*, Kohno K*, Okada Y, Osada Y, Numata K, Kohama C, Watanabe K, Nakaoka H, Yamamoto N, Kanai A, Yasue H, Murata S, Abe K, Tomita M, Ohkohchi N, Kiyosawa H.(2011) Comprehensive Expressional Analyses of Antisense Transcripts in Colon Cancer Tissues Using Artificial Antisense Probes. BMC Medical Genomics. 4(1):42
細胞の癌化のメカニズムを調べる遺伝子レベルの研究は、従来そのほとんどが癌関連遺伝子そのものの動態に着目したものであった。そこで今回、当研究所の斎 藤輪太郎講師*らの研究グループは、癌関連遺伝子がアンチセンスRNAによって発現を制御されている可能性に着目し、実験とインフォマティクスの両方を用 いて解析を行った。
アンチセンスRNAは図(a)に示すように、2本鎖のDNAの一方の鎖(センス鎖)にコードされた遺伝子に対して、逆鎖側にコードされている RNA遺伝子である。このようなアンチセンスRNAの詳細な細胞内の機能は未知な部分が多いが、遺伝子をコードしているセンスRNAと相補鎖を形成するこ とで、そのセンスRNAからタンパク質が合成されることを阻害するという発現抑制の機能を担っている可能性が考えられている。また、ゲノムプロジェクト等 の成果により、ヒトやマウスの細胞内には予想以上に多い数千個を超えるアンチセンスRNAが存在し、細胞内のさまざまな現象を制御している可能性がこれま でに示唆されている。斎藤氏らは2005年よりこれらアンチセンスRNAに注目し、インフォマティクスやマイクロアレイ等を用いてヒトやマウスのさまざま な細胞における発現パターンを解析し、配列が保存されていなくても、ゲノム上の位置関係が保存されていれば発現パターンが類似している等という興味深い傾 向を見つけてきた(Okada et al. 2008)。
癌関連遺伝子のアンチセンスRNAという未踏領域を研究するにあたり、斎藤 氏らはオールジャパン体制のチームで臨んだ。筑波大学(癌組織の抽出)、理化学研究所バイオリソースセンター(マイクロアレイ解析)、農業生物資源研究所 (マイクロアレイ解析)、北海道システムサイエンス(マイクロアレイ解析)、株式会社シーズラボ(グラフィカルユーザインタフェースの開発)と共同で大腸 癌患者6人の癌組織サンプルを使った研究を行い、斎藤氏らは主にバイオインフォマティクスによるデータ解析を担当した。アンチセンスRNAは、通常のマイ クロアレイ解析だけでは網羅的に検出することができない。そこで、網羅性を上げるために二点の工夫をこらした。まず、(1)遺伝子発現を調べる時は通常既 知の転写産物であるcDNA配列に対してプローブを設計するが、斎藤氏らは癌関連遺伝子のアンチセンス鎖側からの発現も確認できるようにゲノムのアンチセ ンス鎖に対して直接プローブを設計した。そして、(2)ターゲットの作成にオリゴdT法だけでなく、ランダムプライミング法を用いることにより、通常のポ リAテールがある転写産物だけではなく、ポリAテールのない転写産物も検出できるようにした。
以上のような方法で501個の癌関連遺伝 子に対し、マイクロアレイを用いて大腸癌組織およびその周辺の正常な組織のRNA発現パターンの解析を行った結果、約80%の癌関連遺伝子のアンチセンス 鎖側からポリAテールがないと思われるRNAが転写されていることが判明した。そして、101個のアンチセンスRNAが正常組織特異的な発現を示し、71 個のアンチセンスRNAが癌組織特異的な発現を示していた。さらに興味深いことに、44個のアンチセンスRNAは正常組織特異的な発現を示し、そのセンス 鎖側にコードされた癌関連遺伝子は対照的に癌組織特異的な発現を示していた(図(b))。このようなセンス・アンチセンス遺伝子対の発現の逆相関が見られ た例として、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼおよびそのアンチセンスRNAの発現パターンを図(c)に示す。6人の患者について、正常組織では概ね アンチセンスRNAが多く発現しているが、同じ患者の癌組織ではアンチセンスRNAの発現が抑えられ、逆にセンス側の癌関連遺伝子が多く発現していること が観測される。
この結果は、これらアンチセンスRNAの一部が細胞の癌化のプロセスに関与している可能性を示しており、その中には図 (a)に示すように、正常組織において、センス側に存在する癌関連遺伝子の発現を抑制しているものが存在することが期待される。現在世界中のさまざまな研 究機関で細胞の癌化のメカニズムの研究が進められているが、癌関連遺伝子そのものの解析だけでは必ずしも十分ではなく、今後はそのアンチセンスRNAにも 着目した包括的な解析が有用になり得ることを、本研究は示唆している。
*現在はカリフォルニア大学サンディエゴ校勤務(2012年3月)
[ 編集:喜久田薫 ]