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膨大な細胞内タンパク質を俯瞰

酵母におけるリン酸化とタンパク質間相互作用ネットワークの関連を解明

Yachie, N., Saito, R., Sugiyama, N., Tomita, M. and Ishihama, Y..(2011) Integrative features of the yeast phosphoproteome and protein-protein interaction map. PLoS Comput. Biol. 7(1), e1001064.

  ヒトを含めた細胞の構成要素はDNA、RNA、タンパク質、代謝物に大別でき、これらが様々な階層で複雑かつ巧妙に相互作用することで機能している。この 複雑な細胞内現象を網羅的に測定し、計算機と情報工学を利用して再構成する学問がシステム生物学である。システム生物学は、個別の生体内分子とそれらの関 わる小ネットワークのみを(しかしながら詳細に)取り扱う従来の分子生物学を補完するアプローチとして近年誕生した。生命の分子ネットワーク全体を統合的 に理解しようという試みである。

 細胞は基本的に、(1) 遺伝情報群がコードされた巨大な染色体DNA分子から個別の遺伝情報をRNA分子の形に転写し、(2) RNA分子がそれぞれのタンパク質分子の合成を指令し,(3) タンパク質分子が細胞や組織を構成する。谷内江博士らは酵母細胞において、大量のタンパク質群がどのようなネットワークを構成することで細胞活動を支える のかに焦点をあて、大規模な計測実験と計算機を用いたデータマイニングを行った。

 タンパク質は合成された後、リン酸化という化学修飾を受 けることが知られているが、谷内江博士らはこれを酵母細胞で質量分析機を用いて網羅的に計測し、さらにデータベースに登録されている既知のリン酸化タンパ ク質情報と統合した。その結果、酵母の約6000種のタンパク質のうち、60%近くがリン酸化タンパク質をコードする遺伝子であることがわかり、リン酸化 修飾がタンパク質に与える影響は少なくないものであることが示唆された。

 どのタンパク質分子とどのタンパク質分子が細胞内で相互作用して 働くのかという情報は世界中の多くの研究によって調べられ、全細胞レベルでのタンパク質間相互作用 (PPI) ネットワークが完成しつつある。谷内江博士らは新規に得られた大規模タンパク質リン酸化情報をこのPPIネットワーク情報と統合し、リン酸化情報をもつ PPIネットワーク(Phospho-PPIネットワーク)を計算機内に構築、さらに細胞内タンパク質発現量、構造、タンパク質ドメイン等の情報を統合的 に解析した(図)。その結果Phospho-PPIネットワークではリン酸化タンパク質が有意に多くのタンパク質間相互作用をもつことなどを発見し、タン パク質群がリン酸化修飾によって構造を変化させ、細胞全体のタンパク質ネットワークがリン酸化修飾によってダイナミックに動いている事を示唆した。

  細胞内全体を捉える新しい生物学はまだまだ発展途上にある。今回谷内江博士らがとったような大規模な細胞測定とデータマイニングは、細胞全体の振舞いへの 理解を深め、情報を個別の細胞内挙動の理解へと還元する。さらにこのようなアプローチは、酵母細胞を用いた分生物学がこれまでのヒト生物学を支えてきたよ うに、シンプルなモデル細胞での成果を創薬研究や医療成果に繋げていくためにますます重要となる。

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[ 編集: 池田香織 ]

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