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クロマチン構造とエピジェネティック制御の解明

バイオインフォマティクスによってヌクレオソームがゲノムに与える影響を解き明かす

Nozaki T, Yachie N, Ogawa R, Kratz A, Saito R, Tomita M.(2011). Tight associations between transcription promoter type and epigenetic variation in histone positioning and modification. BMC Genomics. 17;12:416.
Nozaki T, Yachie N, Ogawa R, Saito R, Tomita M. (2011). Computational analysis suggests a highly bendable, fragile structure for nucleosomal DNA. (2011). Gene. 1;476(1-2):10-4.

  真核生物のゲノムはクロマチンを構成することで核内に格納されており、このクロマチン構造は、DNAとヒストンタンパク質によって構成されるヌクレオソー ム構造の反復によって形成される。クロマチンはDNAを梱包するためのシステムだと長年考えられてきたが、近年エピジェネティクスという制御機構にも深く 関与していることが示され、再び注目を集めている。エピジェネティクスとは、DNA配列の変化を伴わずに、後天的な修飾によって転写の活性化や不活性化な どを調節する制御機構のことである。その中でも、ヌクレオソームを形成するヒストンタンパク質に起きる修飾は、転写や複製・修復に関係することが示されて いる。このような遺伝子発現におけるエピジェネティック制御を理解するためには、ヒストン修飾によって発現制御を強く受ける遺伝子群とそれ以外の遺伝子群 を分類することが不可欠である。そこで、政策・メディア研究科修士課程の野崎慎氏(2011年当時)らのグループは、プロモータータイプとヒストン修飾に 関するChIP-Seq*データに加え、遺伝子発現量を統合したマルチオミクス解析を行った。

 野崎氏らはまず、転写開始点が広範囲にまたがるbroad promoter 10,971個と、転写開始点が狭い領域に限定されるpeak promoter 3,621個のpeak promoterを用いて、プロモータータイプごとにヒストン修飾の分布を解析した。その結果、broad promoter周辺ではヌクレオソームが規則的に並んでおり、かつ転写活性に関わる修飾を受けたヒストン(H3K9ac、H3K4me3など)が多いこ とが明らかとなった。一方、peak promoter周辺ではヌクレオソームの並びが規則的ではなく、かつ修飾を受けたヒストンが少ないことを示した(図A、B)。さらに、 microarrayデータを用いた発現量解析の結果により、ヒストン修飾が転写開始点付近に観られるだけではなく、broad promoterを持つ遺伝子はpeak promoterを持つ遺伝子よりも、ヒストン修飾による転写制御を強く受けることを明らかにした。これらの結果は、転写制御がヒストン修飾に強く依存す る遺伝子群とそれ以外の遺伝子群を、プロモータータイプによって分類可能であることを示しており、これからのヒストン修飾によるエピジェネティック制御と プロモーターの研究の礎となることが期待される。

 上記のように、クロマチン構造はヌクレオソームの反復によって形成されるが、ヒストン とDNAがどのように相互作用しながらヌクレオソームを形成するかということについては未知の部分が多い。ヌクレオソーム周辺のDNA配列はヌクレオソー ム間(リンカー領域)の配列よりも化学的に曲がりやすい構造をとることが予想されていた (Segal et al。 2006)が、ヌクレオソームポジションに関連するデータの少なさから、網羅的な解析が行われた報告はなく、ヌクレオソームを形成するDNA配列の構造的 な曲がりやすさについては未解明であった。

 これを解決するために、野崎氏らは大規模なH3ヒストンポジションデータを用いてヌクレオ ソームを形成するDNA配列の特徴構造解析を行った。まず、ChIP-Seqデータからゲノムワイドにヌクレオソームのポジションを決定し、化学的な実験 で得られたbendability (曲がりやすさ)やcleavage intensity (切断しやすさ) というDNA配列の構造を測る指標を用いることにより、ヌクレオソームを形成するDNA配列の構造的特徴について解析した。この結果、ヌクレオソームを形 成する領域のDNA配列は、リンカー領域よりも曲がりやすい特徴的な構造を取ることをゲノムワイドに明らかにした(図C)。この成果は、ゲノム上における DNAとヒストンの相互作用によるヌクレオソームの形成について理解を深めるために重要であり、クロマチン構造の理解に貢献することが予想される。

*ChIP-Seq:タンパク質結合サイトやヒストン修飾箇所を同定する技術。クロマチン免疫沈降法(chromatin immunoprecipitation: ChIP)と大量並列シーケンステクノロジーを合わせたもの。


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図A,B: 転写開始点(TSS)付近におけるヌクレオソームとヒストン修飾
  転写開始点におけるヌクレオソームのポジション(A)とH3K4me3を持つヒストンのポジション(B)の分布をそれぞれ示した。Broad promoter周辺(赤)においては、peak promoter(青)と比べてヌクレオソームが整列し、ヒストンは修飾を受けやすい。

図C: ヌクレオソーム周辺におけるDNA bendability
  ヌクレオソームポジション周辺のDNA bendabilityを示した。また、図上の略図において、楕円はヌクレオソーム領域、ダイヤモンドはリンカー領域を表している。ヌクレオソーム周辺は bendaibilityが高く、リンカー領域周辺はbendabilityが低い。±73 bp付近のヌクレオソームとリンカーの境界において、今まで報告されていなかった特徴的なピークを見つけることができた。

[ 編集:喜久田薫 ]

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