慶應義塾大学先端生命科学研究所慶應義塾大学先端生命科学研究所

論文/ハイライト

HOME 論文/ハイライト 研究ハイライト 論文ハイライト システムの最適化が安定したメタボローム測定を可能に

システムの最適化が安定したメタボローム測定を可能に

シースレスCE-MS法によるメタボローム解析の高感度化

Hirayama, A., Tomita, M. and Soga, T. (2012) Sheathless capillary electrophoresis-mass spectrometry with a high- sensitivity porous sprayer for cationic metabolome analysis. Analyst. 137:5026-5033.


  細胞内の数百から数千種類にもおよぶ代謝物質を一斉に測定できるメタボローム技術が発展してくると、その適用可能性の広がりによって、次には技術の高感度 化が求められてくる。メタボロームでは細胞から代謝物質を抽出し、これを電気泳動などにより一つ一つの化合物に分離した上で質量分析器にかけて重さや量を 計測するため、解析を始める元のサンプルにはそれなりの量が必要だ。血液や尿など、十分な量のサンプルを簡単に集められる場合はこれは大きな問題にならな いが、例えば患部から採取した貴重ながんの組織サンプルや、培養に長時間を要する培養細胞などはサンプル量に限りがあり、より少ないサンプルから正確な測 定ができるよう、分析法の高感度化を進めていかなければならない。

 当研究所で開発され、近年メタボロミクスの分野で広く利用されているキャピラリー電気泳動-質量分析法(CE-MS)は、一次代謝物質に特に多く 見られるイオン性物質の一斉分離に適しているが、この分析法では質量分析器にかける際に化合物をイオン化する必要がある。この時、化合物は「シース液」と 呼ばれる溶媒を通り、エレクトロスプレー(ESI)法によってイオン化されるが、シース液をもちいることによりサンプルが希釈され、結果として検出感度が 低下する問題があった。そのため、CE-MSを高感度化するためにシース液を使用しない、いわゆる「シースレスESI法」がこれまでに開発されてきたが、 インターフェイスの作成過程が複雑であったり、堅牢性や汎用性の面で実用的ではないものが多かった。
 
 そこで、平山特任助教らはより汎 用的なシースレスCE-MS法を確立するため、米国ベックマン・コールター社との共同研究により開発したHigh Sensitivity Porous Sprayer (高感度多孔性スプレー:HSPS)に注目した。このHSPSをもちいたシースレスCE-MS法の陽イオン性メタボローム測定にあたっては網羅的に条件を 検討し、泳動液の組成、pH、質量分析計の各種パラメータ等の最適化をおこなった。このような思考錯誤の末、シースレスCE-MS法を連続10回測定した 場合にも、その測定のバラつきを示す面積値の相対標準偏差(RSD)がほぼ全ての対象物質において10%以下におさまるようになった。つまり、安定して シースレス法によるメタボローム測定がおこなえることが確認されたのである。

 気になる検出限界については、約6割の代謝物において実に 2倍以上の高感度化が達成され、特に一定以上の大きさの分子(m/z ≧ 250)においては従来法と比べて10倍以上の高感度化が可能であった。しかしながら、新手法では特に小さな分子(m/z ≦ 200)において、泳動バッファ由来の多数のバックグラウンドピークが観測され、いくつかの物質に関してはこのバックグラウンド上に検出されてしまうた め、結果として感度の低下を招いたものもあった。だが、この問題は、三連四重極型(QqQ)質量分析計などの、より高選択な検出が可能な質量分析計を用い ることによって今後解決が可能であると平山氏は語る。

 このシースレスCE-MS法を実際に尿サンプルに適用したところ、従来法に比べて 約9倍のピークを検出することができた(図)。高感度化によって、今まで見えていなかった物質が見えるようになったのである。このことから、シースレス CE-MS法は単なる高感度化に留まらず、バイオマーカー探索等のノンターゲットなメタボローム測定にも有用である可能性がうかがえる。平山氏によるさら なる技術発展に期待していきたい。

Image

図: シースフローCE-MS(従来法、A)とシースレスCE-MS(B)にけるヒト尿(10倍希釈)測定のエレクトロフェログラム
  従来法と比べて本法では各物質のピーク強度が増大しており、かつ多くのピークが検出されている。高感度化により、従来法では見えていなかった物質が検出可 能になったことを示す。 次に、本法をヒト尿サンプルのメタボローム測定に適用しました。左側がシースフロー法、右側がHSPS法になります。両者のスケールは合わせておりますの で、HSPS法の方が全体的に個々のピーク強度が高く、多くのピークが検出されていることが分かります。

[ 編集: 川崎翠 ]

TOPへ