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藻類がオイルを産生する仕組みを解析

メタボローム比較によって未知の代謝変化が明らかに

Ito, T., Tanaka, M., Shinkawa, H., Nakada, T., Ano, Y., Kurano, N., Soga, T. and Tomita, M. (2013). Metabolic and morphological changes of an oil accumulating trebouxiophycean alga in nitrogen-deficient conditions. Metabolomics. 9: 178-87.

  現代のエネルギー生産の多くは化石燃料に依存しているが、近年では二酸化炭素濃度上昇や資源の枯渇などといった環境問題が懸念される機会が増えており、持 続的に利用可能なエネルギー源の開発が期待されている。既にサトウキビやナタネなどから作られたバイオ燃料が再生可能エネルギーとして実用化されはじめて いるものの、これらは食用作物を原料としているため、食料価格の高騰などを引き起こす恐れがある。そこで、食料需要に影響のない次世代バイオ燃料として、 作物以上の生産性が期待される微細藻類の利用が注目されている。一部の微細藻類は無機栄養素 (窒素やリンなどを含む化合物) の存在下で光合成することにより二酸化炭素を取り込んで増殖するが、環境ストレスがかかると増殖を止めてオイル (中性脂質や炭化水素などの脂質) を合成する能力を持っている。これらの中で、特に多量のオイルを蓄積するものは「オイル産生藻類」と呼ばれる。

 オイル産生藻類を実用化するためには、品種改良等によってオイルを蓄積する代謝を最適化して生産効率を向上させることが不可欠だ。そのためには、 オイル蓄積時の代謝制御機構を理解する必要があるが、藻類の代謝は未知の部分が多く、そのしくみは殆ど解明されていない。そこで、伊藤卓朗特任助教らは、 オイル産生藻類 "シュードコリシスティス・エリプソイデア" ("Pseudochoricystis ellipsoidea";以下「シュードコリシスティス」) を将来有望な藻類として利用し、細胞全体を俯瞰した代謝変化を明らかにすることを目指した。

  シュードコリシスティスは、周囲の窒素栄養源が不足すると細胞内に軽油相当のオイルを蓄積する。そこで、伊藤氏らは、シュードコリシスティスに窒素を与え ずに培養した場合に細胞内部の様子がどのように変化するのかを、顕微鏡観察とメタボローム測定を駆使して解析した。光学顕微鏡および電子顕微鏡を用いた観 察の結果、窒素栄養が不足した際には細胞や細胞内の構造 (葉緑体など) が小さくなる一方で、オイルの他にデンプンも蓄積している事が分かった。また、メタボローム解析によって 300以上もの代謝物質の量を網羅的に比較した結果、窒素栄養が不足すると代謝物質の約半数が減少し、中でも窒素を含んだ代謝物質 (アミノ酸など) が顕著に減少することが確認された。この時、全てのアミノ酸が減少するわけではなく、一部のアミノ酸 (トリプトファンとヒスチジン) では逆に増加していることが分かった (図)。さらに、オイルの組成も変化していることが,脂質メタボローム解析から示された。窒素栄養がなくなると、細胞の活動に関わる糖脂質 (葉緑体の膜を作る脂質など) が減少し、代わりにバイオディーゼル原料として期待される中性脂質 (トリアシルグリセロールとジアシルグリセロール)が大幅に増加していた。つまり、微細藻類はオイルを生産するにあたり、従来考えられていた以上に、かな り広範囲にわたる代謝を制御していることが明らかとなったのである。

 伊藤氏らの研究成果により、シュードコリシスティスの細胞が、窒素 栄養の欠乏によってオイルを蓄積する際の形態および代謝物量の変化を俯瞰することができた。これまで知見の少なかったオイル産生の分子機構を解析する足が かりができたのである。今後、これらの変化を手がかりに微細藻類がオイルを蓄積する代謝制御機構を解明していきたい、と伊藤氏は語る。持続可能なエネル ギーの確立に向けた今後の研究に期待したい。

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図: 富栄養下 (白抜き) と窒素栄養欠乏下 (グレー) での窒素同化およびアミノ基転移に関わる代謝物質量の変化。
全てのグラフにおける比較でマン・ホイットニーのU検定のp値が0.05以下であった。

[ 編集: 上瀧萌 ]

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