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高度好熱菌界のモデル生物、Thermus thermophilus HB8が有する第3のプラスミドの発見

丁寧な実験によりゲノムプロジェクトで見落とされていた情報を明らかに

Ohtani., N., Tomita, M. and Itaya, M. (2012) The third plasmid pVV8 from Thermus thermophilus HB8: isolation, characterization, and sequence determination. Extremophiles. 16:237-44.

 好熱菌とは、文字通り、熱い環境を好んで生育する菌(微生物)のことである。好熱菌の一種であるT. thermophilus HB8 株は、伊豆の峰温泉から発見・単離された純日本産の微生物であり、なんと85℃という高度な高温環境下でも生きることのできるバクテリア(細菌)である。 そのため、このバクテリアの持つタンパク質は熱に対して安定で、扱いやすい、立体構造解析に適しているなど、実験対象としての利点が多い。また遺伝子操作 系が確立していること、ゲノムサイズが小さい(約1800kb)ことから、T. thermophilus HB8株は日本を代表するシステム生物学的解析のモデル生物となっている。 

 2004年のゲノムプロジェクトによる発表では、T. thermophilus HB8株のゲノムは染色体、メガプラスミド (大きめのプラスミド)pTT27、プラスミド pTT8で構成されている。プラスミドとは、細胞内で染色体とは独立に複製するDNAのことで、遺伝子工学の分野ではDNAの運び屋(ベクター)として重 宝されている。HB8株の細胞内には染色体DNAの他にプラスミドDNAが2種類存在しているということである。世界的にも注目されるバクテリアではある が、細胞内に染色体が複数コピー存在する倍数体生物であることなど、最近になって初めて明らかにされた事実も多い(Ohtani et al., J. Bacteriol., 2010)。今回、ゲノムデザイングループの大谷直人特任講師らは、T. thermophilus HB8がさらに新たなプラスミドを持っていることを発見した。

  大谷特任講師らが発見したpVV8は、HB8株の持つpTT27、pTT8に次ぐ第3のプラスミドである。DNA配列を決定したところ、全長は81.2 kbであり、プラスミド上には89個の遺伝子が推定された。これらの遺伝子の中にはDNAのSOS修復に関わる転写制御因子LexAの遺伝子も含まれてお り、pVV8プラスミドとDNA修復応答との関連性についても興味が持たれる。

 本研究成果を世に発表する上で大きな障害があった。それ は、ゲノム配列が決定された生物には、その他にプラスミド等のDNAがあるはずはないという固定観念を持つ人も多いからだ。それを覆すために、つまり新規 プラスミドの存在を証明するために、大谷特任講師らは、(1)pVV8の全塩基配列の決定を行い、(2)細胞内におけるpVV8のコピー数の推定や (3)pVV8が安定して存在するかどうかの検証、そして(4)なぜ2004年のゲノムプロジェクトの成果には含まれていないのかの考察などを行い、非の 打ちようのないほど実験データを積み重ねた。そして論理的に巧く展開することで、研究者らを納得させることができた。本研究のように、一般常識と考えられ ていることでも、注意深く調べることで、今まで考えられていた説を覆すような知見がわかるかもしれない。


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図:本研究によって明らかにされた高度好熱菌T. thermophilus HB8のゲノムの実像

[ 編集: 池田香織 ]

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